ヤリスのトレードオフから考える、コンパクトカーのパッケージ論:池田直渡「週刊モータージャーナル」(6/6 ページ)
ヤリスは高評価だが、満点ではない。悪いところはいろいろとあるが、それはパッケージの中でのトレードオフ、つまり何を重視してスペースを配分するかの結果だ。ヒューマンインタフェースから、なぜAピラーが倒れているかまで、コンパクトカーのパッケージに付いて回るトレードオフを、ヤリスを例に考えてみよう。
問題は、果たしてAピラーが倒れているとスタイリッシュなのかという点だ。実は、こうしたコンパクトカーの試乗会などで、度々エンジニアに質問したのだが、残念なことにあまり明確な答えは出てこなかった。筆者はどちらかというとAピラーは立っている方が好みだし、使い勝手はそちらの方がいいと思うのだが、そういう提案をしても、あまり明確な反応がない。
だから今、筆者の中では、自動車メーカーのデザイナーは、Aピラーは倒れている方がカッコいいと、そういう価値観に縛られているのではないかと想像している。「なぜ倒れているとスタイリッシュなのか?」という問いに、返ってくる答えは、つまるところ二種類で、「居住性はちゃんと考慮しています」か、「スタイルは重要です」かのどちらかだ。
つまり、Aピラーを立てつつスタイリッシュにすることに対するトライは、そもそもされていないのではないかと筆者は思っているし、もうひとつ、チーフエンジニアが、デザイン領域にあまり口出しできないのではないかという疑念がある。チーフエンジニアは大概機械設計者なので、デザインという専門性の高い領域に対して気後れがあるのではないだろうか?
ヤリスの場合、若干特殊なのは、WRC(世界ラリー選手権)で勝つためのウェポンとしての要求もある(1月14日の記事参照)。空力を考えればフロントウィンドーは寝ていた方がいいのだろう。
一方、スズキのハスラーの試乗会でチーフエンジニアが話してくれたのは、フロントウィンドーが立っていることにもデメリットがあるということだった。旧型ハスラーのユーザーから、「停止線で止まると、信号機が見えにくいケースがある」というクレームがそこそこあったと言う。
ドライバーの目の位置に対して、フロントガラスの上端は、目から前方に離れるほど上方視界を制限する。極論すればまぶたに接するくらい近ければ、上方視界はほぼ無限だが、仮に同じ高さで1メートル前方なら上方視界はほぼ失われる。
窓が立っている、つまりウィンドー上端が目から離れているハスラーは、モデルチェンジに際して、上方視界の改善のため、窓面積を上方に延長している。これなどは、窓が寝ていれば、つまりウィンドー上端が手前にあれば、あらかた解決してしまう話ではある。
コンパクトカーのパッケージにおいて、なるほどこれはカッコいい。これならAピラーが倒れているのも納得できると思うようなクルマは、多分メーカーのデザイナーが思うほどには無い。ユーザー的にも、そこはそれほど高い評価にはなっていないのではないかと思う。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答を行っている。
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