インドのTikTok禁止と表現の自由:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(2/4 ページ)
インド政府が、動画投稿アプリTikTokをはじめ59種類の中国製スマートフォンアプリの利用を禁じた。インド政府の命令に従い、AppleとGoogleはスマートフォン向けアプリストアから問題とされたアプリを取り下げた。TikTokもサービス提供を中止した。この事件は、単なる2国間の対立というだけでは収まらない問題を含んでいる。インターネット上の人権――表現の自由――という新しい概念と、国家の利害とが衝突しているのだ。
命令が出た翌日の6月30日、インドでTikTokを使おうとすると、次のようなメッセージが表示されたと伝えられている(Financial Timesの記事)。
“親愛なるユーザーの皆様、私たちは59個のアプリをブロックするインド政府の指示に従っている最中です。インドにおけるすべての利用者のプライバシーとセキュリティの確保は、引き続き我々の最優先事項です。"
政府の指示に従いつつ、自社の主張を盛り込んだ文面となっている。
インドに続いて、米国もTikTokへの警戒を強めている。7月6日、マイク・ポンペオ米国務長官が「TikTokの禁止を検討している」と発言した(CNNのニュース)。米国では19年、TikTokが13歳未満の子どもの個人情報を保護者の許可を得ずに収集していたとして、連邦取引委員会(FTC)が罰金を課す出来事が起きていた(FTCのプレスリリース)。最近になって悪化する一方の米中関係がスマートフォンアプリのビジネスに持ち込まれる可能性が出てきた。
インドは世界最大のTikTokユーザーを抱える
インドでのTikTokの存在感は大きい。TikTokはインドで2億人あまりのユーザーがいる(Financial Timesの記事)。モバイルアプリの統計データを提供するSensor Tower社の推計によると、TikTokはインドで6億1000万回以上インストールされている。
TikTokは世界展開を目指し、中国以外の国々でビジネスを展開している。ユーザー数で最大の市場はインド、2番目は米国だという。TikTokのCEOであるKevin Mayer氏(最近、米国ディズニーから引き抜かれた人物である)は、「TikTokはインド地域に10億ドルを投資し、またインドで3500人以上の従業員と14の言語のコンテンツを提供している」と主張した。同氏は「インドのユーザーのプライバシーを守る」と約束し、「インドにデータセンターを建設する」とも述べた(New York Timesの記事)。
「アプリ禁止をどの視点から考えるか」は、ひとつの試金石といえる。国家間の経済摩擦の側面、経済的な影響の側面も大事だが、もうひとつ忘れてはならない側面がある。それは「インターネット上の表現の自由」だ。
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