GRヤリスで「モータースポーツからクルマを開発する」ためにトヨタが取った手法:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
トヨタは「モータースポーツからクルマを開発する」というコンセプトを実現するために、製造方法を変えた。ラインを流しながら組み立てることを放棄したのである。従来のワンオフ・ハンドメイドの側から見れば高効率化であり、大量生産の側から見れば、従来の制約を超えた生産精度の劇的な向上である。これによって、トヨタは量産品のひとつ上にプレタポルテ的セミオーダーの商品群を設定できることになる。
3ドアの4つのラインアップ
さて、そのヤリス通常モデルはいわゆる5ドア・ハッチバックなのだが、GRヤリスでは3ドアになっている。サイドビューを見てもボディシェイプが違う。このあたりは、空力の要求で、ラリーマシンに仕立てた時、リヤウィングにしっかり風が当たることを念頭に置いてデザインを仕立てたとトヨタでは説明している。ドアが2枚減った分軽くもなっているだろうし、開口部が少ない分ボディ剛性でも有利なのはいうまでもない。
さらに、WRCの規則で、ベースカーに年間2万5000台の生産が義務付けられているので、これをクリアするために3ドアの同一シャシーを使うFF+CVTのRSグレードを廉価モデルとして設定した。ただし乗ってみるとただの廉価モデルではない。
よって、トルセン式LSDを備えたトップグレードの「RZ“High performance”(ファーストエディション456万円・受付終了)」と、LSD無しの「RZ(ファーストエディション396万円・受付終了)」に加え、競技前提の装備簡略化モデルの「RC(価格未発表)」と前述のFFの普及モデル「RS(価格未発表)」という4グレードのラインアップになる。なお、9月には限定車であったファーストエディション以外のモデルの詳細が発表になり、特に台数は限定しない様子だ。なのでどのグレードであれ、通常モデルであればこれからでも買える。
さて、これをどう考えるべきか? もしラリーに使うならRC一択だろう。外して捨てる部品にお金を払う意味がない。ロードカーとして使うならば、RZ“High performance”を選ぶべき。筆者はこれを現代のランチア・ラリーだと思う。ベータ・モンテカルロのシャシーの一部を流用してラリーに勝つために作られた本気も本気のモデルという意味で、ヤリスのシャシーの一部を使いながら、3ドアの専用シャシーを与えられた勝つためのマシーンは立ち位置が同じだ。馬力が少ないだのなんだという人がいるが、これだけ本気のものづくりは世界的に見ても類例がない。何が? という話は後で説明しよう。
とにかく456万円で新車のランチア・ラリーみたいなものが買えるのだと考えたら、これがバーゲンでないという人はいないだろう。2000万円くらいしてもおかしくない。
しかし、WRCウェポンを所有したいという欲がないのなら、WRカーのシャシーを使った、史上類例のない贅沢なホットハッチとしてRSの存在も大きい。これも乗ってすこぶる楽しい。普通に使うならむしろこちらの方がおすすめしたいくらいだ。
関連記事
- ヤリスのトレードオフから考える、コンパクトカーのパッケージ論
ヤリスは高評価だが、満点ではない。悪いところはいろいろとあるが、それはパッケージの中でのトレードオフ、つまり何を重視してスペースを配分するかの結果だ。ヒューマンインタフェースから、なぜAピラーが倒れているかまで、コンパクトカーのパッケージに付いて回るトレードオフを、ヤリスを例に考えてみよう。 - ヤリスGR-FOURとスポーツドライビングの未来(後編)
今回のGRヤリスでも、トヨタはまた面白いことを言い出した。従来の競技車両は、市販車がまず初めにあり、それをレース用に改造して作られてきた。しかし今回のヤリスの開発は、始めにラリーで勝つためにどうするかを設定し、そこから市販車の開発が進められていったというのだ。 - ヤリスGR-FOURとスポーツドライビングの未来(前編)
トヨタでは、このGRヤリスを「WRCを勝ち抜くためのホモロゲーションモデル」と位置づける。AWSシステム「GR-FOUR」を搭載したこのクルマは、ハードウェアとしてどんなクルマなのか。そして、乗るとどれだけ凄いのだろうか。 - ヤリスの何がどう良いのか?
ヤリスの試乗をしてきた。1.5リッターのガソリンモデルに約300キロ、ハイブリッド(HV)に約520キロ。ちなみに両車の燃費は、それぞれ19.1キロと33.2キロだ。特にHVは、よっぽど非常識な運転をしない限り、25キロを下回ることは難しい感じ。しかし、ヤリスのすごさは燃費ではなく、ドライバーが意図した通りの挙動が引き出せることにある。 - GRのコペンとダイハツ・コペン
日本のスポーツカーの中で、おそらく実力が最も侮られているのはダイハツ・コペンではないか? 筆者は以前からそう思っている。出来上がった2代目コペンは、クローズドコースでゼロカウンタードリフトができるような見事なバランスだった。山道を気持ちよい速度で走っても、ステアリングのインフォメーションが豊富で楽しい。こういうクルマが侮られている内は、日本の自動車文化もまだまだだと思う。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.