GRヤリスで「モータースポーツからクルマを開発する」ためにトヨタが取った手法:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
トヨタは「モータースポーツからクルマを開発する」というコンセプトを実現するために、製造方法を変えた。ラインを流しながら組み立てることを放棄したのである。従来のワンオフ・ハンドメイドの側から見れば高効率化であり、大量生産の側から見れば、従来の制約を超えた生産精度の劇的な向上である。これによって、トヨタは量産品のひとつ上にプレタポルテ的セミオーダーの商品群を設定できることになる。
基本的な走り
走り出して、まずボディが岩のように硬い。吊るしでこんな異様な硬さのボディはちょっと思い出せない。操作系も高精度。ダルなわけはないが、かといって過敏でもない。富士スピードウェイのショートコースはこのクルマには狭過ぎる。もちろんストレートスピードを誇るハイパワー車ではないから、多分筑波くらいが一番いいのではないか?
走ってみると、また凄さが分かる。サーキットスピードであれば、アクセルオフでリヤがスーッと出ていく。コーナーの進入でクルマを横に向けてスラスト抵抗で減速しつつ、出口で一気にアクセルを開けるような走り方ができるだけでなく、丁寧に進入して、アクセルを踏んでテールを流していく走り方もできる。などと書くと、まるで一発でこれを全部決めて見せたように聞こえるだろうが、四苦八苦しながら、いろいろやって、むしろどの走り方がクルマに合うのかまでたどり着けずに周回数を終えた。
融通無碍な走り
一方でグラベル(非舗装路)ではさらにすごい。こちらはロールケージやら専用のセンターデフやらをいろいろに組み込んだスペシャルモデルだったが、これの乗りやすいこと。同業者が口をそろえて「自分が上手くなったような気がする」というほど、好きなように曲がれたし、トラクションのかかり方も素晴らしい。
ドライバーによって使う速度域も使うGも違う。GRヤリスにはどういうスタイルであっても、許容する懐の深さがある。例えばラリードライバーのオイット・タナックのようにクルマを横に向けないスタイルもあれば、トミ・マキネンのように最初からクルマを横に向けて走るスタイルもある。
このスタイル差を吸収するために前後輪のトラクションの切り替えがある。徐々にクルマの向きを変えるタナックは、必要に応じてアクセルで後ろを振り出せる3:7が好みで、最初から横に向けて早く向きを変え、脱出のトラクションを重視するマキネンは5:5が好みだという。ショートコースを走る前にこの話を聞いていれば、もう少し走りがまとまったかもしれない。ただ、四苦八苦したからこそ開発者にこの質問が投げられたということでもある。
ここにもうひとつ。「モータースポーツからクルマを開発する」を徹底した部分がある。それはデータによる開発である。ドライバーの操作やクルマの状態をテレメーターで全部チェックし、開発ドライバーのダメ出しを全てデータと照らし合わせて、その場で変えていく。そうやって従来にない開発速度で、より精度の高いカイゼンを繰り返していったのだ。
なんというか、こんなとんでもないものを450万円かそこらで売ってくれるというのは本当に驚きだ。ヤリスのGRシリーズに関しては、もう脱帽するしかない。インストルメントパネルをもう少しモータースポーツライクにとか、そういう意見もあるが、そんなのは社外パーツでやればいい。後からどうにもできない部分について徹底的に作り込んであることに比べれば微々たる問題だ。
興味があって買える人であれば、これは買っておくべきだと最後にもう一度書いておく。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、Youtubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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