『千年女優』の今 敏監督作品が世界で「千年生き続ける」理由――没後10年に捧ぐ:ジャーナリスト数土直志 激動のアニメビジネスを斬る(2/7 ページ)
『千年女優』『東京ゴッドファザーズ』などを手掛けた今 敏監督。没後10年、今なお特に海外のファン・評論家から愛され惜しまれる。その作品が世界で「千年生き続ける」理由にビジネス・作品論から迫る。
『パーフェクトブルー』に海外熱狂
セクシー女優に転身した元アイドルの未麻がストーカーに狙われ周囲で殺人が発生する。やがて主人公は自身のアイドル時代の亡霊に追い詰められていくホラーサスペンスだ。猟奇的なモチーフも盛り込んだ当時のアニメ映画としてはかなりの異色作だったが、高い評価を獲得する。本作の海外での成功は、後のグローバルでの今 敏の評価につながる。
もともとマンガ家としてキャリアをスタートした今 敏だが、早い時期からアニメと関わっていた。大友克洋のアシスタントも務め、初のアニメの仕事は大友原作『老人Z』(1991)のアニメ制作での美術設定・レイアウト・原画参加だ。やはり大友が監修したオムニバス映画『MEMORIES/彼女の思いで』(1995)にも脚本・美術設定・レイアウトで参加した。作品全体で今の役割が大きかったとされている。
演出デビューは94年のOVA『ジョジョの奇妙な冒険』第5話「花京院 結界の死闘」である。シリーズ全体で評価が高かったこのOVAのなかでも傑出したエピソードとして「今 敏」の名前を強烈に印象づけた。
それでも今 敏の名前が本格的に世に出たのは、『パーフェクトブルー』で間違いない。海外での活躍は格別で、ファンタ・アジア映画祭(現ファンタジア映画祭)グランプリをはじめベルリン国際映画祭公式招待やアヌシー国際アニメーション映画祭、シッチェス国際ファンタスティック映画祭……と数え切れない国際映画祭で紹介された。
2020年の今でこそ日本の長編アニメは、世界中の映画祭で引っ張りだこである。しかし1990年代後半では異例のことだ。
ファンタジア映画祭でのワールドプレミア(世界初上映)は、海外進出に大きな役割を果たした。今 敏作品が初めて海外で紹介されたからだ。
しかしなぜワールドプレミアにファンタジア映画祭を選んだのかは、実はよく分からない。今では世界有数のファンタスティック映画祭として知られるが、当時は開催2回目でアジア映画に特化しており、知名度は必ずしも高くなかった。
製作会社レックスエンタテインメントのプロデューサー(当時)だった中垣ひとみ氏は、国内のパッケージメーカーから紹介があったとしている。『パーフェクトブルー』のビデオソフトはパイオニアLDC(2003年のジェネオン エンタテインメントへの商号変更を経て現在はNBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)であった。当時のパイオニアLDCはアニメビデオの有力メーカーとしていち早く米国進出をしていたから、そうした情報をつかんでいたのかもしれない。
アニメ製作のレックスエンタテインメントは1994年に設立されたばかりだった。同社と原作マンガの著者・竹内義和氏との間でアニメ企画が浮上し、アニメスタジオのマッドハウスに持ち込まれた。マッドハウスのプロデューサー丸山正雄氏が、監督として今 敏に白羽の矢を立てた。
中垣氏は、レックスは当初からアニメを国際競争力のあるビジネスと見て参入したかったとしている。しかし実際には『パーフェクトブルー』のスタートはビデオソフト向けのOVA企画。ファンタジア映画祭への出品は偶然の要素が強い。
しかしファンタジア映画祭で『パーフェクトブルー』は、当初から大反響を巻き起こした。ギリギリの日程で映画祭会場に持ち込まれたフィルムであったが、900席あったワールドプレミアのチケットはわずか15分で完売、当日は熱心なファンが劇場を取り囲む長蛇の列となった。結局、上映は2回回しとなり、最終日にはグランプリに輝く快挙となった。
小さな映画祭ではあったが、このカナダでの上映で得た高い評判が世界の映画祭ネットワークを駆け巡る。『パーフェクトブルー』はグローバルな映画業界に組み込まれ、すぐ後の釜山国際映画祭、さらにベルリン国際映画祭公式招待、アワード受賞につながっていく。海外映画祭からの招待は最終的に50を超えたという。
国際的な映画祭のネットワークに入ったことは、ビジネスの拡大にもつながった。海外配給権の販売が進んでいく。世界各国でのビデオソフト発売によって、映画祭での専門家から今度はビデオで鑑賞した先端的でクリエイティブ好きな映画ファンの心をつかんだ。
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