『千年女優』の今 敏監督作品が世界で「千年生き続ける」理由――没後10年に捧ぐ:ジャーナリスト数土直志 激動のアニメビジネスを斬る(6/7 ページ)
『千年女優』『東京ゴッドファザーズ』などを手掛けた今 敏監督。没後10年、今なお特に海外のファン・評論家から愛され惜しまれる。その作品が世界で「千年生き続ける」理由にビジネス・作品論から迫る。
ベネチアで花開いた『パプリカ』
それでもソニー・ピクチャーズとの関係は、続く長編映画『パプリカ』の実現につながる。ビジネス的には苦しい今 敏作品だが、『パプリカ』製作・公開の頃にはその名前は世界の映画関係者に非常によく知られ、評価もすでに確立していた。
SF作家・筒井康隆の小説を原作とした『パプリカ』は、夢の中に入り込むことができる装置「DCミニ」を巡る事件を描く。今 敏ファンが期待する現実と虚構の境が分からなくなる世界、独自のリアリズム表現だ。北米配給は『東京ゴッドファザーズ』の時より大きなソニー・ピクチャーズ・クラシックに移り、スクリーン数は37、興行は88万2267ドルとなった。
さらにベネチア国際映画祭でのオフィシャルコンペティションに選出される快挙となった。世界3大映画祭と呼ばれるベルリン、カンヌ、ベネチアでの一般映画に混じったオフィシャルコンペティション出品は、日本アニメの監督では宮崎駿、押井守と今 敏の3人しかいない。
ここまで今 敏監督作品の海外への広がりの経緯を見てきた。認知度獲得の理由はこれで分かる。しかし「作品の何が評価されたのか」「一体誰が作品を評価したのか」は別の問題になる。作品が知られても、それが観る人の心をつかまなければ評価にはつながらない。認知を得た上で、確実に多くの人にリスペクトされたのが今 敏である。
日本と海外、評価で差が出た訳
『パーフェクトブルー』の時点では、日本アニメを好きなコアな映像ファンが中心だったことは先に触れた。この段階でメディアや映像分野の論者からの扱いは限定的であった。ヤングアダルト向け日本アニメの傑作の1つとの扱いだ。
海外先行とされてきた今 敏の評価だが、実際は海外でも多く語られるようになったのは2000年代前半の『千年女優』『東京ゴッドファザーズ』公開時からである。さらに批評家や研究者が積極的に語るのは2000年代後半以降だ。今 敏に関する最も早い主要な論文は、06年に米国の研究家スーザン・ネイピア氏が発表した『“Excuse Me,Who Are You?”: Performance, the Gaze, and the Female in the Works of Kon Satoshi』だろう。その後2010年代になり研究論文・批評は急激に増える。
それ以前にも海外での今 敏に対する賛辞は数え切れないのだが、今 敏の数々の栄誉は亡くなる直前、むしろ没後のものだ。
米国出身で日本カルチャーに詳しいローランド・ケルツ氏は、今 敏の作品の魅力を「アイデンティティーの2面性」「強迫観念/ストーカー」「女性キャラクターの個性」「物語とプロットの展開の速さ」「現実とファンタジー交差するイメージ」と多くの要素をあげる。
『パーフェクトブルー』から『パプリカ』まで、作品の制作側のプロデューサーを務めてきたマッドハウス(当時)の丸山正雄氏は、今 敏の卓越した点を「ドラマツルギーの完璧さ」とする。
しかし丸山氏は、現在でも今 敏を評価するのは限られた人ではないかと話す。ただ、今 敏を支持するのは、ダーレン・アロノフスキーやギレルモ・デル・トロといった新しい映画の旗手たちだと指摘する。今 敏作品は通好みで、それは今 敏自身がそういった人物だったことを反映している。時代の先端を走る数々のクリエイターが、ジャンルを超えてリスペクトを示すところに今作品の特徴がある。
日本での評価が海外に比べると薄いと指摘されるのは、こうした映像関係者からのリスペクトの違いかもしれない。日本でもアニメやマンガ関係者が今 敏へ深い敬愛は示すことは多い。一方でジャンルを超えた実写映画や他のエンタメ業界からは、そうした声はあまり聞かれない。
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