中国がスクラッチをブロック インターネット分断が子どもの領域にも:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(4/5 ページ)
中国が、子どものプログラミング教育用ツールであるスクラッチ(Scratch)のWebサイトをブロックした。2020年8月13日に中国からスクラッチのWebサイトが使えなくなり、その後も一部の中国ユーザーによる書き込みが続いていたが、9月中旬にはそれも途絶えてしまった。
ブロック解除への道筋はあるのか
スクラッチのブロックを中国政府が解除するためには、どのような措置を取ればいいのか。思考実験として案を考えてみよう。1つの案は「中国政府の言う通りにする」というものだ。だが、このやり方は国際社会のルールと整合しない。別の案は「中国国内向けと、中国以外でサイトを分離する」ことだ。この場合はスクラッチのサイトが分断されてしまう。
ここで出くわす問題点は次の4つだ。(1) インターネットの理念、(2) スクラッチコミュニティガイドライン、(3) アメリカ合衆国憲法、(4) 国際人権法である。
(1)インターネットの理念との不整合
インターネットの理念は国境を越えた情報へのアクセス手段を提供することだ。世界中の人々が交流でき、どの国の人々もインターネット上の情報を用いて学習できる。
中国政府の考え方は、政府はその国の中のインターネットを統制すべきだというものである。これは国際的なインターネットの理念とは異なる。この考え方の違いが中国のインターネットの分断につながっている。
(2)スクラッチコミュニティガイドラインとの不整合
スクラッチのコミュニティの憲法にあたる「スクラッチコミュニティガイドライン」(日本語の文面)には、「下品、失礼、暴力的などの理由で不適切」な書き込みはガイドライン違反であり報告するよう求めている。実際にスクラッチサイト上では、英語による口汚い言葉は自動的に削除されるようになっている。その観点では、中国の人々への誹謗(ひぼう)中傷などはこのガイドラインにより削除していく運用が自然だ。
ただし、このガイドラインには「スクラッチは、何歳であっても、どんな人種、民族であっても、能力に違いがあっても、どんな宗教を信じていても、どんな性的指向、性同一性を持っていても、すべての人々を歓迎します」と書かれている。香港や台湾を応援する発言を排除する運用は、このコミュニティガイドラインと整合しない。
(3)アメリカ合衆国憲法
スクラッチのサイトを運営するMITは米国の国内法の支配下にある。アメリカ合衆国憲法修正第1条は「表現の自由」を制限してはならないと定めている。これは中国が求めるインターネットの統制とは整合しない。
(4) 国際人権法
国際人権法は、1948年に国連が採択した「世界人権宣言」や、それに続く「国際人権規約」を筆頭とする各種の宣言、条約から成る法体系である。人権を守る制度として、国連には人権理事会など各種機関が設置されている。人権は「すべての人」が持つ普遍的な権利であり、そこで「表現の自由」は切り離せない人権の一部であると定められている。インターネット上の言論統制は、国際人権法の理念と整合しない。
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