なぜ? 中国アプリTikTokに米トランプ大統領が異例の圧力:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(1/3 ページ)
中国発の動画共有アプリ「TikTok」に対して、米国のトランプ政権が異例の圧力をかけている。圧力をかける根拠は、アプリが「プライバシーを侵害し、安全保障上の脅威となっている」というものだが、その証拠は見つかっていない。なぜTikTokが標的とされたのだろうか?
中国発の動画共有アプリ「TikTok」に対して、米国のトランプ政権が異例の圧力をかけている。2020年9月15日までに米国事業をMicrosoftに売却しなければ、ビジネス上の取引を停止して事業を継続できなくすると脅かしているのだ。
圧力をかける根拠は、アプリが「プライバシーを侵害し、安全保障上の脅威となっている」というものだが、その証拠は見つかっていない。TikTokは米政府に対して圧力は不当と反論した。
今起こっている出来事を「米国がTikTokという悪者を退治しようとしている」と見てしまうと、肝心なことが何も分からない。トランプ大統領は「TikTokを禁止する」と発言したが、言論の自由がある国でソーシャルメディアを「禁止」するとはいったい何を意味するのかも明らかではない。
今回の記事では、次の3点に注目する。(1) トランプ政権には対中強硬姿勢を米国内にアピールする目的がある。(2) トランプ政権によるTikTokへの圧力は、根拠や手続きの正当性に疑問が出ている。英国やオーストラリアなどはTikTokを制限しないとしている。(3) プライバシー侵害などの脅威に対処するには、より本質的な解決法があるはずだ。
なぜTikTokが標的とされたのか
TikTokは中国企業ByteDanceが所有するサービスだ。ユーザーがアップロードしたショートムービー(多くはダンスやちょっとした"おふざけ"だ)を、リコメンド機能で次々に表示する。短期間で中国の国外でユーザー数10億人を突破する急成長を遂げ、注目が高まっている。
TikTokのサービスは16年から存在していたが、躍進したのは18年だ。この年、中国ByteDanceは米国で展開していたソーシャルメディアMusical.ly(本社は中国にあった)を買収し、TikTokと統合した。Musical.lyは米国のティーンエイジャーに人気があり、買収の時点で2億人のユーザーがいた。TikTokは中国本土を除く世界各国で展開、短期間でユーザー数を10億人以上に伸ばした。
ティーンエイジャーがダンスや"おふざけ"動画を共有する人気のアプリが、なぜ国どうしの争いに巻き込まれたのか。そこにはいくつかの理由がある。
1つは、この秋の大統領選挙を控えているトランプ大統領が、米国の有権者に対中強硬姿勢をアピールするためにTikTokを標的としていることだ。
もう1つの理由として、米国の巨大テクノロジー企業が中国企業を標的としている側面が指摘されている。米国内では巨大テクノロジー企業への風当たりが強まっている。20年7月29日に開かれた反トラスト法に関する公聴会では、Google、Facebook、Amazon、Appleのトップが顔をそろえ(ただしオンライン)、議員らの厳しい質問に答えた。各企業とも、業界内の独占的な地位を利用して反競争的な行為をしていないかと疑われている。
そんな中、Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOは「中国からのインターネットへの脅威」を強調し、TikTokの名前を挙げた。台頭する中国のテクノロジー企業に対抗するには、米国企業を締め付けるより競争力を維持した方がいいという論法である。
中国のテクノロジー企業の象徴が、人気アプリのTikTokだったのだ。TikTokが標的となったことで、奇妙な出来事が短期間の間に次々と起こった。
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