なぜ? 中国アプリTikTokに米トランプ大統領が異例の圧力:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(2/3 ページ)
中国発の動画共有アプリ「TikTok」に対して、米国のトランプ政権が異例の圧力をかけている。圧力をかける根拠は、アプリが「プライバシーを侵害し、安全保障上の脅威となっている」というものだが、その証拠は見つかっていない。なぜTikTokが標的とされたのだろうか?
企業買収交渉に大統領が介入する異例の展開に
米国と中国企業の間でいったい何が起こっているのか。事態は複雑で、しかも展開は急だ。ここでは大事な点だけを押さえておこう。
まず米国では19年からTikTokをめぐりセキュリティやプライバシー問題に関する調査が進められていた。例えば「軍人がTikTokを使えば位置情報などが中国政府に知られてしまう」との懸念が指摘されていた。19年2月には、TikTokが13歳未満の子どものプライバシー情報を保護者の許可なく取得していたとして、570万ドルと巨額の罰金が科されたこともある。だが事態が大きく動いたのはここ1カ月ほどのことである。
20年7月7日に米国のポンペオ国務長官が、7月末にはトランプ大統領が「TikTokの禁止を考えている」と発言した。
8月2日、米国の巨大テクノロジー企業の一角である米Microsoftが、TikTokの米国事業の買収交渉を行っていると公表した。トランプ大統領とMicrosoftのサティア・ナデラCEOは電話で会談したと伝えられた。
8月3日、トランプ大統領は「9月15日までに事業を売却しなければTikTokを禁止する」「Microsoftは米国政府にお金を払うべきだ」と異例の発言を行った(CNBCの記事)。
8月5日、ポンペオ国務長官は「Clean Network」と呼ぶ措置を発表した。米国のインターネットやモバイル環境から中国企業を排除する取り組みである。その影響範囲はまだ不透明だ。
8月6日、トランプ大統領は中国発アプリTikTokと、米国と中国との連絡に使われているメッセージングアプリWeChatを名指しして「45日後に商務長官が指定する取引を禁止」する大統領令に署名した(TikTokへの大統領令、WeChatへの大統領令)。取引禁止の根拠法はIEEPA(国際緊急経済権限法)を適用する。これはテロリストの預金封鎖などに使われる法律である。もっとも、具体的にどのような取引が禁止されるのかはまだ分からない。
8月7日、TikTokは8月7日に大統領令への反論を発表した。「米政権が事実に注意を払わず、定められた法的手続きを経ずに契約条件を強要し、民間企業間の交渉に割り込もうとしている」と米政府の行動を強く非難した。TikTokが米国政府を訴える準備をしているとの報道も出ている。
TikTokなど中国製アプリに対する米国トランプ政権の圧力は、根拠も、具体的な内容も、影響も、そして正当性も不明なままだ。
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