「国民車」ヤリスクロス:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
原稿を書く側にしてみると非常に困るクルマだ。何か得意な芸があって、そこに集中して説明すれば伝わるというクルマではなく、オールラウンダー型の車両なので良いところを挙げていけばキリなく、それを全部書いていては冗長になる。かといって端折ると正確ではなくなる。正直だいぶ困っているのだ。
運転支援
ADAS(高度運転支援)の出来がまた良い。ひとり別世界まで到達してしまったアイサイトX(関連記事:日本勢の華麗なる反撃 アイサイトX )を除けば、国内の全階級で見てもトップレベルだろう。Bセグメントに限れば、現状で一番といえる。ただし日進月歩の世界なので、暫定であることは念を押しておく。
レーダークルーズの加減速はかなりうまい。ヤリスでは時速30キロ以下では作動しなかったが、ヤリスクロスでは全車速対応になったし、渋滞で止まったところからの再スタートも速度調整トグルを加速側に上げれば、セットしていた速度で再スタートできる。
走行車線が詰まって、空いている追い越し車線に出た時の加速レスポンスはもう少し上げてもらいたい気はするが、逆よりはずっと安心できる。高速にしてはキツめの右コーナーでは、ひとつ左の車線の先行車に速度に合わせてしまうケースもたまにあるが、2020年のADASの現状としてはその程度の精度がトップグループのポジショニングである。それでも昔に比べれば格段の進化だ。特殊なケースでだけ機能していたものが、むしろ例外ケースに気をつければ任せられるようになった。
内装デザインの進化も著しい。家電の液晶パネルのようにやたらと葉っぱや緑やブルーを模した表示が消え、クルマの計器にしっかり原点回帰した。カローラとかもこれを見習うべし。ただしフェイシアは全部ハードプラスチック。勘違いしないでよね、Bセグなんだからね!
美点としては、そこそこの速度差で前車に追い付いた時の減速が穏やかで不安のないものであること。ドライバーの判断より遅く減速が始まるのはどうも怖くていけないが、そうなっていない。
ステアリングアシストは、あまり積極的な方ではないが、少なくともドライバーの邪魔をしない。ドライバーの操作に逆らって車両位置を勝手に変えようとしないし、とにかくハンドルを切りさえすれば、主導権をすんなり渡してくれるので「こいつとは気が合わない」ということは起こらない。
ヤリスにも設定される、オプションの駐車アシスト「アドバンストパーク」は使いやすさの点でも、枠に対してまっすぐかつ真ん中に停める精度でもこれまでになかった水準で、筆者はかなり気に入っている。
さて、最後にそれ以外のユーティリティについてもまとめておこう。ラゲッジスペースにはゴルフバッグが2つ入るし、旅行用スーツケースも2つ収容できる。Bセグとしてはかなり優秀だ。さらにリヤシートが4:2:4の3分割で、中央部を倒せば、長尺物を積んで4人乗車が可能だ。
さらにリヤゲートは、キックモーション、つまりバンパー下に足を差し入れれば開け閉め共に可能な電動ゲートで、動作速度も早い。重い荷物を持ったままテールゲートが開くのをじりじりしながら待たなくていい。
ということで、筆者としては、内容的に見てこれは国民車といっていいと思う。まあ昨今経済格差が開いているので、価格的に最廉価モデルが179.8万円、最高値で281.5万円をどう見るかという問題は残るかもしれないが、バリュー・フォー・マネーであることは間違いない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、Youtubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
関連記事
- トヨタの大人気ない新兵器 ヤリスクロス
ついこの間、ハリアーを1カ月で4万5000台も売り、RAV4も好調。PHVモデルに至っては受注中止になるほどのトヨタが、またもやSUVの売れ筋をぶっ放して来た。 - ヤリスのトレードオフから考える、コンパクトカーのパッケージ論
ヤリスは高評価だが、満点ではない。悪いところはいろいろとあるが、それはパッケージの中でのトレードオフ、つまり何を重視してスペースを配分するかの結果だ。ヒューマンインタフェースから、なぜAピラーが倒れているかまで、コンパクトカーのパッケージに付いて回るトレードオフを、ヤリスを例に考えてみよう。 - ヤリスのトレードオフから考える、コンパクトカーのパッケージ論
ヤリスは高評価だが、満点ではない。悪いところはいろいろとあるが、それはパッケージの中でのトレードオフ、つまり何を重視してスペースを配分するかの結果だ。ヒューマンインタフェースから、なぜAピラーが倒れているかまで、コンパクトカーのパッケージに付いて回るトレードオフを、ヤリスを例に考えてみよう。 - 日本勢の華麗なる反撃 アイサイトX
高度運転支援システムにまつわる「考え方」的な諸問題を解決し、使いやすく便利で、なおかつモラル的な逸脱をしっかり抑制したADASへと生まれ変わったのが、今回デビューしたアイサイトXだ。また大袈裟だといわれるのを覚悟して書くが、アイサイトXは、2020年の時点では世界最高のADASだといえるし、少なくとも市販モデルに搭載されたシステムとしては、最も自動運転に近づいたシステムである。 - SUVが売れる理由、セダンが売れない理由
セダンが売れない。一部の新興国を除いてすでに世界的な潮流になっているが、最初にセダンの没落が始まったのは多分日本だ。そしてセダンに代わったミニバンのマーケットを、現在侵食しているのはSUVだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.