自己啓発セミナーは「くだらないだけ」なのか――神無き時代、「信者ごっこ」の真の意味:「転落しないため」に(4/4 ページ)
しばしば批判される自己啓発ビジネス。ただ筆者は自己啓発自体には切実な必要性があると指摘。「啓発し続けなければ転落する」困難とは。
「自己啓発ごっこ」の意外な機能
“信者ビジネス”と揶揄(やゆ)されることが多い、脆弱な自意識の埋め合わせに淫する空疎な自己啓発ごっこは、広義の自己啓発の概念から見れば、グラットン的なキャリア形成とリカレント教育には程遠いとはいえ、少なくとも居場所としては機能するかもしれません。
他方で、動機付けの源泉が乏しいにもかかわらず、狭義の自己啓発をひたすら腐してコミュニティーの重要性を軽視し、過酷な時代変化への適応に反発する態度も危険な行為となってしまいます。なぜなら、何もせずに現状維持を貫くこと自体がリスクになるからです。
建設的な人的ネットワークが希少財になっている世界において、働くための動機付けの調達はますます困難になるでしょう。「神無し」の自己啓発にはコミュニティーの力が必要だからです。とすれば、わたしたちが置かれた微妙なポジションが、いかなる決断も自助努力に還元され得る、殺伐とした領域であることも明白になります。「活力資産」「変身資産」のない者は、わざわざ告知はされはしないものの、遅かれ早かれ市場から廃棄される運命にあるからです。
ちょうど1世紀前に書かれたカフカの『変身』は、ある日真面目な青年グレゴール・ザムザが化け物になった不条理小説というよりも、第4次産業革命とソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の崩壊によって、単なる廃棄物になった人間の寓話として解釈すべきなのかもしれません。
真鍋厚(まなべ あつし/評論家)
1979年、奈良県天理市生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。専門分野はテロリズム、ネット炎上、コミュニティーなど。著書に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)がある。
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