理由は半導体だけではない 自動車メーカー軒並み減産と大恐慌のリスク:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
7月から9月にかけて、各社とも工場の操業を停止せざるを得ないほどの減産を強いられた。この問題、本当に理由が中々報道されていないように思う。メディアの多くでは「半導体」が減産の原因だとされてきた。実際のところ、半導体そのものも理由の一部ではあるのだが、あくまでも一部でしかない。生産に大ブレーキをかけたのはもっとごく普通の部品である。
冗長性をどう取り扱うか?
こういう問題を「冗長性の不足」と呼んだりするのだが、技術の高い国で作る部品を技術の低い国で作ることが難しいのと同様に、技術が低い代わりに人件費や地代が安い国で作っている部品を、技術の高い国で作ることは難しいのはご理解いただけたと思う。
ではどうするのか? そこが難しい。クルマのような多くの段階を経て作る製品は、サプライヤーが階層構造になっている。1次サプライヤー、2次サプライヤーと続いていって、5次、6次くらいまであるわけだが、これらを全て、完成車の自動車メーカー(OEM)が把握できるかというとそうはなかなかいかないし、サプライヤーの先の取引先をOEMが全て掌握して管理しようとすれば、独占禁止法の概念に抵触する。それぞれが独立した企業である以上、取引先にどこを選ぶかの裁量権は尊重されなくてはならない。
OEM側では、コンピュータによって、部品の互換性のデータベースの精度を高めるトライも行っているのだが、それだけで全てが解決するかといえばなかなかそうはいかないのだ。
特に今回のように、人類史上で指折り数えられるような特異なパンデミックに起因する話のために、常に冗長性を持たせるということになると、これは否が応でも価格に影響を与えることになる。
こういういう「頻度は極めて低いが、規模と被害の大きいリスク」に際し、自社の競合先に「リスクを無視して、冗長性を切り捨てる」会社があれば、問題が無い場合に競争に勝てなくなる。そういう難しい判断の中で対策をどこまで講じていくのかを考えなくてはならない。
そもそも、それは自動車産業だけの話ではなくなりつつある。人件費の安い国で縫製される衣料品や、プラスチック成形で作られる雑貨やおもちゃ。例えば自転車部品などの比較的加工が難しくない金属製品にいたるまで、モノ不足が先進国経済を襲っている。それらはやがてクルマと同じように、その先に連なるビジネスを止めていくことになる。需要に対して供給が足りなければ、当然のごとく物価が上がる。一方で自動車メーカーのような高度な産業が止まれば、先進国の経済が停滞する。物価上昇と景気の停滞が同時に起こればそれはスタグフレーションである。
いま、世界経済が直面しているのは、場合によっては大恐慌に至るかもしれない経済のシステムリスクである。加えて、エネルギー危機までもそこに猛威を振るおうとしている。2022年は、それを防ぐことができるか否かの大きな分かれ目になるかもしれない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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