“やってる感”だけ先走る――なぜ日本企業は「名ばかり改革」を繰り返すのか:AD名称変更、働き方改革、同一労働同一賃金、ジョブ型雇用……(4/4 ページ)
テレビ局に、「AD」の名称を変更する向きがあるらしい。何でも、名称を変えることでADに対するマイナスのイメージを払拭する狙いがあるようだが、その効果には疑問符が付く。なぜ、日本企業は「やってる感」が透けて見える名ばかり改革に走るのか。
会社の組織構造を変える決定権を持つ経営者や管理職は、今の組織構造を形成する制度の中で行われた競争の勝者たちです。もしスポーツなどの競技において、大会の優勝者にルールやレギュレーションなど制度を決める権限があれば、現行制度のまま変えないのではないでしょうか。その制度に合わせて腕を磨き、結果を出せているからです。もし変えるとしても、自らがより有利になることが確実で当たり障りのない範囲に限定すると思います。それと同じメカニズムが、あらゆる組織の中で働いているのです。
働き方改革などの施策で具体的な効果が表れているものの大半は、法律によって罰則が設けられているなどの強制力によるものです。会社としてはいや応なしに対応しなければなりませんが、運営する勝者にとっては、できる限り組織構造にメスを入れずに済ませる方が立場を守れる確率が高くなります。そのため、今の組織構造を維持できる範囲での消極的な対処になりがちです。
しかし、あからさまに変革を拒む姿勢では後ろ向きな印象となり、現状に不満を持っている社員などステークホルダーの反感を買ってしまう可能性もあります。そのようなときに、新しい名称を用いて目先を変えるだけで済む名ばかり改革は、表面上は変革するかのような印象を与えながら、組織構造を維持し続けるのに最適なカムフラージュとなります。
冒頭で紹介したADの名称変更について、記事では「業務内容はほとんど同じ」とする関係者のコメントが紹介されています。ディレクターのアシスタントはテレビ局にとって必要な職務なので、業務内容を変える必要はないのかもしれません。しかし、本気で雑用係というイメージを払拭するのであれば、業務内容はもちろん、マネジメントラインや評価制度を見直すなど組織構造を変革する覚悟が必要です。ただ名称を変えるだけにとどまれば、幾多の例にもれず名ばかり改革に陥ってしまいかねません。課題に向き合ったからこそ生まれた取り組みが、実効性あるものになることを願います。
隗より始めよ
働き方改革やそれに付随する一連の取り組みが名ばかり改革となってしまわないようにするためには、経営者や管理職など決定権を持つ組織内の勝者が、会社や社会のために自らの成功体験やエゴを捨てて、能動的に組織構造変革に踏み込む必要があります。そこで求められるのはコンプライアンス(compliance:法令順守)のような強制力に対する受け身の姿勢ではありません。法制度という強制力が発動されずとも、能動的にあるべき姿を実現しようとするインテグリティ(integrity:誠実さ・真摯さ)です。
こうした態度を求めるのは、無理があることなのでしょうか。そんなことはありません。日頃、経営者や管理職は社員に誠実さを求め、「いわれる前に、能動的に動け!」と指示しています。社員に求めていることを自らが実践すれば、組織構造を変え名ばかり改革とサヨナラできるはずなのです。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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