悪質クレーマーは「排除の対象」と判断を――乗客怒鳴ったJR駅員の対応、弁護士はどう見る?:身勝手な客とどう対峙すべきか(3/3 ページ)
JR山手線の渋谷駅で、線路に財布を落とした男性が非常停止ボタンを押し、駅係員が激高する様子を映した動画がSNSで拡散し、波紋を呼んだ。身勝手な行動を取る利用客に対して、企業はどう向き合うべきなのか。
男性の行動は「故意の不法行為」にあたる可能性も
今回、男性が非常停止ボタンを押したことで、山手線外回りの電車1本に約2分程度の遅れが生じたという。大勢の利用客に影響を与えたトラブルを、識者はどう見たのか。悪質クレームの問題に詳しい弁護士法人マネジメントコンシェルジュ(東京都渋谷区)代表の村上元茂弁護士に話を聞いた。
――駅係員の激しい口調が法律的に問題を問われる可能性はありますか
村上弁護士: 駅係員の口調が激しいことは事実ですが、犯罪行為に該当する可能性はほぼないでしょう。「脅迫罪」に該当するかどうかを検討した場合、構成要件となる「害悪の告知」に当たるかどうかが問題となります。「警察に行くから今日は帰れない」など、やや危ない発言もありますが、相手の男性の愉快犯的で、反抗的・攻撃的な発言に誘発されたものだと評価できます。
――非常停止ボタンを押した男性が賠償を求められる可能性はありますか
村上弁護士: それはあり得ると思います。実際にJRに損害が発生したかどうかという問題はありますが、普通に考えれば、山手線を個人の判断で停めれば、多くの乗客に影響が出ることは容易に想像がつきます。この男性の行動は、故意の不法行為にあたると判断していいと思います。過失ではなく、自分がこの非常停止ボタンを押すこと自体がJRの営業に対する大きな侵害になるという認識はあったはずですし、もしくはあっていいはずです。それを理由としてJRに損害が発生していれば、損害賠償請求が可能な事案だと考えます。
――SNSに撮影した動画を拡散する行為自体の危険性はどう考えますか
村上弁護士: 非常に危険性が高い行為だと考えます。確かに駅係員は発言が過激だったかもしれませんが、安全を守る立場から職務遂行に当たっています。動画には駅係員の顔は映っていませんが、勤務を続けていれば、多くの人が渋谷駅に勤務する駅係員ということで特定できる可能性もあります。そうすると、駅係員の名誉や肖像権を大きく侵害することにつながります。愉快犯や、追随する人が出てくる恐れもあります。企業として、スタッフのプライバシーなどを配慮し、撮影する行為はやめるように周知することが必要ではないかと考えます。
――今回のように悪質な利用客がいた場合、企業側はどう対応すべきなのでしょうか
村上弁護士: 不当な行動を取る人は、そもそもお客さまではなく「排除する対象」と割り切ってしまっていいと考えます。むしろ企業と従業員を守ることが重要です。クレーム対応の場面において、従業員が心掛けるべきことは、クレーム対応を見ているほかのお客さまに、どういう見え方をしているかという点です。今回の駅係員のように、動画を撮影され拡散されたら、企業のレピュテーション(風評)という観点から好ましくない結果を生む恐れもあるのです。
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