キリンはなぜ「道場」でDX人材を育成するか その真意:「可視化」「効率化」だけではダメ(3/3 ページ)
自社の今後を考えると、DXの取り組みは必須。しかし、推進役の人材がいない──。多くの企業に共通する課題だ。採用のアプローチを工夫する企業もあれば、人材育成に投資する企業もある。キリンホールディングスの場合は、「DX道場」を立ち上げた。
DX道場の卒業生によるDX実践事例が続々と
なお黒帯コースでは、さまざまな業務課題の解決に適した技術の選び方や具体的なツールの使い方など、テクノロジーに関するより専門的な知識の習得やその応用方法について学ぶ。修了レポートも、リアルな業務課題の解決をテーマにした例題が出され、ツールを用いて開発した具体的な成果物の提出が求められるようになる。
そして師範コースになると、単独でDXプロジェクトを起案したり、システムを設計・開発したり、プロジェクトマネジメントが実施できるレベルの高度な専門スキルの習得を目指す。そのためコースの内容も白帯、黒帯と比べかなり濃密になり、修了に要する期間も白帯・黒帯が数日間〜1週間程度なのに対して師範コースでは1カ月ほどを要する。
講義の実施方法としては、Web会議によるオンラインのライブ形式を採る。一部の事前学習コンテンツとしてeラーニング教材も採用するが、基本的には参加者と講師が互いに顔を合わせながらリアルタイムで実施するライブ形式にこだわった。
「やはり『道場』と銘打っている以上、参加者一人一人の学習状況をきちんとリアルタイムで把握しながらじっくり育て上げていきたいという思いがあります。なお冒頭では必ず、講座の意義や目的について私が直接参加者に説明するようにしています。なかなか対面で集まることができない今のご時勢だからこそ、『顔が見えること』にこだわっています」(近藤氏)
既に多くの従業員がこのDX道場で白帯、黒帯、師範の免許皆伝を受け、その成果を自身の職場で生かしているという。例えば同社のマーケティング部門では、DX道場を修了した従業員が中心となり、業務プロセス自動化の仕組みをローコードツールを用いて開発している。またとあるグループ会社では、それまで社内の部門や会議体ごとにばらばらだったデータの利用法を、BIツールを用いて全社的に統一する取り組みを進めているという。
黒帯コースの修了者がDXプロジェクトを新たに立ち上げようとしたところ、プロジェクトマネジメントのスキル不足を痛感し、自ら師範コースの門を叩くようなケースもあるという。
「いったん白帯コースや黒帯コースを修了した従業員が、上位コースを受講してさらなるステップアップを目指してもらえるよう、コース開催を個別にメールで案内するなどきめ細かなフォローを心掛けています。また修了者から『こんなことを職場でやりたいと思っているんだが』と相談を受け、われわれDX戦略推進室のメンバーが個別に支援に当たるケースもあります」(近藤氏)
卒業生たちの現場でのDX実践をバックアップしていく
なお今後はDX道場を巣立った従業員に対するサポートをさらに手厚くして、修了者が道場で培ったスキルやモチベーションをそれぞれの業務現場でより有効に生かせるための支援策を検討していきたいと近藤氏は語る。
「今後は、DX道場の卒業生たちを『実際のDXの取り組みへといかに誘っていくか』が重要になってきます。DX推進の旗振り役になれるような優秀な人材ほど、普段の業務で多忙を極めていることが多い。そうした人たちがやりたいことをいかにくみ取ってサポートしていけるかが今後の大きな課題だと考えています」
またデジタル技術の進化スピードは早く、古い知識やノウハウはあっという間に陳腐化してしまうため、一度DX道場のコースを修了した従業員も、その資格を維持するために適宜最新のテクノロジーについて学び直すことができる「免許更新制度」の導入も検討しているという。
さらには既存業務の効率化だけでなく、これまでにない全く新たなビジネス価値を創造できるDX人材の育成についても、今まで以上に力を入れていきたいと近藤氏は抱負を語る。
「目の前に見えている業務の効率化は誰でもイメージしやすいのですが、既存業務の延長線上にはないまったく新たなビジネス価値の創造には、違った形での人材育成施策が必要になります。すぐに成果が出る取り組みではないのでどうしても後回しになりがちですが、中長期的にはビジネスの競争力に直結する分野ですから、これからぜひ力を入れていきたいと考えています」
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