海外で「給料上げろ」の声が広がっているのに、なぜ日本では聞こえてこないのか:スピン経済の歩き方(7/7 ページ)
海外で「賃上げストライキ」が増えている。世界的な物価高を受けて、多くの国で労働者が怒りの声を上げているのに、なぜ日本ではそうした動きがでてこないのか。背景を探ってみると……。
文句を言うシステムがない
このように中小企業経営者側が自分の都合で「正当な賃金」を決められるような国で、「賃上げ」などできるわけがない。日本が30年、ほとんど賃金が上がっていないのは、デフレがどうしたとかいう以前に、海外のように労働者側が「もっと賃金を払え! 払えないじゃなくて払えるように努力するのが経営者だろ!」と経営者に文句を言えるシステムがないことも大きいのだ。
だから、日本の労働者はどんなに低賃金でも文句を言わず、心を壊すか、体を壊すまで黙って働く。では、本来ならば経営者に向けているはずの怒りを、どこに八つ当たりし鬱憤(うっぷん)を晴らしているのかというと、政府だ。
ネットやSNSでは経営者に対して「正当な賃金を払え」と怒っている人は少ない。代わりに、「消費税をゼロにすれば賃上げなんて簡単だ!」「国債は借金じゃないからドンドン金を刷ればデフレ脱却だ!」と主張する人はたくさんいる。
海外では、労働者に正当な賃金を払うのは経営者の当たり前の仕事であり、それができなければ経営者は「失格」だという考え方だ。しかし、日本では経営者が労働者に正当な賃金を払うために、政府が補助金や税制面の優遇など手厚い保護をするのが当たり前であって、それができない政府は「失格」という、かなりユニークな考え方が広まっているのだ。
だから、「賃上げ」と聞くと、「そんなことよりもまずは税金を下げろ」「バラマキをすれば解決だ」と騒ぐ。ただ、残念ながら、この独特な思想が「低賃金・低成長国家ニッポン」をつくってしまった側面もある。
コロナ禍で、飲食店で働く人たちを救えと政府が行ったバラマキが、経営者のポケットマネーや運転資金に消えて、ほとんど非正規労働の人たちの元までたどり着かなかったように、「経営者へのバラマキは労働者に恩恵がない」のは、これまでの日本の歴史が証明している。
また、財政出動によって経済は強くならないことは、日本が1990年代から1000兆円以上も負債を増やしてきたにもかかわらず、経済成長していないことからも明らかだ。
このようにいくら国の借金を増やしても、日本人の賃金は上がっていくことはない。かといって、労働者自身が立ち上がって、ストライキに代表される賃上げ交渉をすることも難しい。
あと残されているのは、諸外国のように、政府が最低賃金を継続的に引き上げていくことだ。労働者の7割を占める中小企業の賃金水準を底上げしていくことで、日本全体の賃上げを目指していくというものだが、自民党の有力支持団体である日本商工会議所などが反対しているので正直これも難しい。まさしく「八方塞がり」なのだ。
そろそろ本格的に、「正当な賃金」についての考え方を改めないと、日本経済はとんでもないことになるのではないか。
窪田順生氏のプロフィール:
テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。
近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
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