Cook Do、4℃……正体隠した「匿名」マーケ 背景に「SNSで揺らぐ価値観」:廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(3/3 ページ)
過去の購買経験や他人の口コミが「先入観」を生み出し、購入を妨げる。そんな先入観を逆手にとったマーケティング事例が話題だ。味の素の「極麻辣麻婆豆腐飯店」、4℃の「匿名宝飾店」の事例を紹介する。
SNSの批評を見て、自分の価値観が揺らぐ
スワイプ時代と呼ばれるように、私たちは指先一つで何が必要な情報で、何が不必要な情報か取捨選択している。情報収集や活用が得意な「情報強者」が得をする社会でもあり、特に消費活動では、情報を持っていることで、消費によって生まれる損を回避することにつながる。
失われた30年によって景気は下を向き、所得は上昇せず、それなのに物価は上昇、税金は増えるばかりだ。使えるお金に余裕がないにもかかわらず、昔よりも圧倒的に情報量は多い。情報が多いことは、興味を持つきっかけ=消費したいと思うきっかけも多いことを意味しており、現代の消費者にとっては「使えるお金は十分にないのに、目の毒な情報があふれている」といえる。
私たちは、自身の経験則からその商品を評価し、買うかどうかを決める。「あの商品の味まあまあだったな」「あのブランドの服はあまり好みじゃないんだよな」というように、たった1度の経験が今後の購買行動の指標になってしまうのである。
あわせて一つ一つの消費行動の前に、SNSの口コミ、レビューサイト、インフルエンサーの投稿など、他人が消費した結果を熱心に参照し、「自分がわざわざそれを消費する必要があるのか」を検討する。そうした情報は、その商品を購入した消費者=他人が抱いた使い心地やイメージなども含んだものだ。そのため、他人の投稿は、情報の受け手に商品やサービスのスペックや実際の使用感といった情報だけでなく、イメージや先入観を持たせる要因にもなるのである。
自分自身は、そのブランドが好きでも、SNSで他人がそのブランドを批評しているのをみると、自分の価値観を疑うきっかけとなりかねない。例えば自分がひいきにしているブランドに対して、影響力のあるユーザーが「あのブランドはダサい」と投稿していて、多くの「いいね」やコメントが付いていると、自分の考えは少数派のように見えてしまう。
X(旧Twitter)でいえば、一般に「バズった」とされる基準は、1〜3日の短期間で1万以上のリポストと「いいね」を獲得するのが目安とされているようだ。実際にそのような考えを持っている人が全体のたった数パーセントだったとしても、その投稿へのリポスト数が1万を超えていたら「すごくバズっている」「共感されている」と錯覚してしまっても致し方がない。
日本の人口をざっと1億人としても1万人は0.01%にすぎず、SNSの外の世界に目を向ければ「大多数」とはいえないだろう。しかし、この「大多数から共感されている」という錯覚は、自身の価値観やプライオリティに疑問を生むには十分すぎる要因になる。
今回紹介した事例は、そうした先入観によって商品やブランドへの評価が正しく行われないことを逆手にとったマーケティングといえる。匿名ということ自体が話題性を呼び、広くプロモーションがリーチする利点もあるが、匿名だからこそ消費者が目の前の商品やブランドと向き合い、他人の意見にとらわれず、いいモノはいい、好きなモノは好きと自身の感性に正直になれる──そんな体験が大きなポイントだと考える。
著者紹介:廣瀬涼
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
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