50代なら早期退職には「手を挙げるべき」なのか? ベテラン層が狙われる理由を考える(1/2 ページ)
勤め先で早期退職の募集が行われた際、労働者はどのような選択を取るのが賢明なのでしょうか。これを考えるには、企業が人材を採用・育成していく上での「後払い賃金」の存在が欠かせません。また、早期退職の募集は、なぜシニア層が対象なのでしょうか。2つの問題を考えていきます。
大手電機メーカーのシャープが、早期退職制度の対象を拡大しました。2023年4月に55歳以上の管理職を対象に導入したのに続き、9月から55歳以上で勤続10年以上の一般社員にも対象を広げました。
勤め先でこうした早期退職の募集が行われた際、労働者はどのような選択を取るのが賢明なのでしょうか。これを考えるには、企業が人材を採用・育成していく上での「後払い賃金」の存在が欠かせません。また、早期退職の募集は、なぜシニア層が対象なのでしょうか。2つの問題を考えていきます。
「シニアから切っていく」早期退職に手を挙げるべきか
経営不振の際、人員を減らすことはやむを得ません。それにしてもなぜ、人員削減は常にシニア層が優先なのでしょうか。シニア層優先にしてしまうと、社歴が長くなるほどリストラ名簿の上位に上がることになり、労働者は長く勤めることへのインセンティブを失ってしまいます。
あるいは25歳の人たちと55歳の人たちを比べたら、55歳の人たちの方がその会社に適性がない人が含まれているリスクは小さいはずであり、この点でもシニア層を優先的に解雇するのは不合理なように思えます。米国の企業がしているように、勤続年数が短い人を優先的に解雇した方が経済的に合理性があるようですが、若者が対象の希望退職の事例は、国内でなかなか耳にしません。
再就職が困難で、子どもの教育費がピークに達している世代のベテランを優先的に退職させるのは、若い人を優先的に退職させるよりも残酷であるように思えます。しかし実はこれが選びうる選択肢の中で一番ダメージが少ないやり方です。
極端な例を言えば、明日が定年であるという人を今日退職させたとしても、本人の経済的なダメージは明日1日分の賃金にとどまります。退職日が近い人ほど、解雇によるダメージは少なくて済みます。ダメージが少ないので退職への抵抗も少なく、企業側は少ない優遇措置で退職させられます。
次に退職させられるダメージが少ないのは若い人です。最近、人的資本という言葉が流行していますが、これはお金を生み出すもとになるもののうち、人の体に染みついているもののことであり、具体的には知識や技能、人脈などです。
人的資本は「企業特殊的人的資本」と「企業一般的人的資本」に分かれます。企業特殊的人的資本は特定の会社の中でしか通用しない人的資本のことであり、企業一般的人的資本はどの企業でも使える人的資本のことです。働く人の多くは所得の大部分を企業特殊的人的資本から得ているといわれています。
若い人はまだそれほど企業特殊的人的資本がないので、過去に積み上げた努力のうち無駄になってしまう部分が少なくて済み、再就職もスムーズに進みます。企業側にとっても、少ない優遇措置で退職させられます。しかし、若い人はこの先何十年も会社に利益をもたらしてくれることが期待できるため、企業は退職させたがりません。また若い人は放っておいても一定の割合で退職していくので、あえて退職促進策をとる必要はありません。
退職によるダメージが一番大きいのは中堅の、働き盛りの人たちです。この人たちは、ベテランよりは再就職が容易です。32歳と57歳の、架空の候補者を仕立てて企業の面接試験を受けさせた実験で、32歳の候補は42%が望ましい返事を受けたけれども、57歳の候補は1%しか望ましい返事を得られなかったというデータもあります(久米功一『働くことを思考する』2020年、中央経済社)。
しかし再就職できたからといって、直ちにもとの賃金まで回復できるわけではありません。再就職したら企業特殊的人的資本がリセットされてしまうので、賃金は下がります。相当高いスキルを持った人であっても、中途採用者には新規学卒者と同程度の賃金しか払わないという企業は珍しくありません。
このため中堅の人たちを退職させることは容易ではありません。相当な規模の優遇措置が必要になり、不当解雇訴訟さえ覚悟しなければなりません。企業側からみれば、退職させることによる費用が便益を帳消しにしてしまいます。
早期退職優遇制度が高齢者優先であるのは、高齢者が優秀ではないからでも、邪魔者であるからでもありません。限られた選択肢の中で最善であるからにすぎません。
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