50代なら早期退職には「手を挙げるべき」なのか? ベテラン層が狙われる理由を考える(2/2 ページ)
勤め先で早期退職の募集が行われた際、労働者はどのような選択を取るのが賢明なのでしょうか。これを考えるには、企業が人材を採用・育成していく上での「後払い賃金」の存在が欠かせません。また、早期退職の募集は、なぜシニア層が対象なのでしょうか。2つの問題を考えていきます。
早期退職優遇は裏切りか
シャープは早期退職優遇制度をあえて「ネクストキャリア支援制度」と称し「自律的なキャリア形成を支援する福利厚生」であると説明しています。企業のこうした発表はしばしば「見せ方を工夫しただけで、実際はただのリストラである」と捉えられ、批判の的になります。確かにそう言われても仕方がない面がありますが、開き直って「リストラです」とは言えないでしょう。
長年勤めてきたベテランを退職させるのは裏切りである、と見なされがちです。しかしこれは必ずしも公平な議論とは言えません。
まず、経営が非常に苦しくなったときに人員を減らすのは当然のことです。企業には無限の雇用保障義務はありません。多くの国々で、余剰人員がいることは解雇の正当な理由であると考えられています。
次に優遇措置の妥当性です。退職させることが裏切りであるかのように見える原因の一つは「後払い賃金」の存在です。企業は職業能力がほとんどない学生を労働者として迎え入れ、賃金を払いつつ一人前に育てます。その際の「授業料」を、一人前になったあと、賃金以上の貢献を求めることによって回収します。
とはいえ、その先の職業人生を授業料を返すことだけに費やすのでは、働くことに希望が持てなくなってしまいます。そこで一人前の労働者にはあえて授業料を返す以上の貢献を求め、その時代に払うべき賃金の一部を、ベテランになった時に事実上の「後払い」をします。
後払いをすることに明文化した契約を結んでいるわけではありませんが、労働者と企業の間には「相手はきっとこのように行動してくれるだろう」という暗黙の心理的契約があります。ベテランを退職させることは、後払い賃金をほごにする裏切りであるかのようにも見えます。
しかし後払い賃金はその時受け取る賃金のうち、貢献度を超える部分だけです。貢献度相応の部分は後払いではなく即時払いです。即時払いの部分は働かせなければ払わないのが当然であり、裏切りではありません。
問題は早期退職の優遇措置が後払い賃金を十分補填するものであるかどうかです。シャープの例でいうと、優遇措置は退職金に最大12カ月分の賃金を加算することです。55歳以上が対象ですから、定年まで最大5年残っていることになります。あと5年勤めたら、退職金は、いま優遇措置なしで退職する場合に比べて5カ月分程度増えるはずです。後払い賃金の5年分が12カ月分の賃金であると考えると、破格の優遇だとは言えませんが、不十分だとも言い切れません。
手を挙げるべきなのか
勤め先が早期退職を募集したとき、常識的に考えたら、対象者は手を挙げない方が賢明です。挙げても「後払い」部分の賃金は受け取れますが、「即時払い」部分の賃金を失ってしまいます。これと同額の賃金を再就職先では受け取れないばかりか、再就職するまでに相当の時間がかかってしまう恐れがあるからです。
しかし早期退職優遇制度は別名「ウィンドウ・プラン」と言われます。突然発表され短期間で終了するという意味で、開いては閉じる窓のようなものだからです。「窓」であるのは、退職するかどうかじっくり考えて、良い転職先が見つかれば辞めれば良いし、見つからなければ残れば良いという制度では誰も急いでは応募せず、企業にとって設ける意味がないからです。
そして「窓」が閉じたあとは、退職金の割り増しも再就職支援サービスもない、整理解雇が待っている可能性があります。「整理解雇の4要件」と言って、裁判例で、整理解雇をするには下記の4つの条件がそろっていなければならないという考え方が定着しています。早期退職優遇制度を行えば、解雇回避努力を果たしたことになります。
- 整理解雇の必要性がある
- 解雇回避努力をした
- 解雇対象者の人選が妥当である
- 解雇手続きが妥当である
整理解雇になると、早期退職の場合より大規模で、短期間に行われます。長い時間をかけて行ったり、短期間でも頻繁に行ったりすると、残った人の心に深い傷を負わせてしまうためです。そうならないように短期集中で、人数も本来必要な数より多めに減らします。
いったん会社が早期退職優遇制度を導入したら、手を挙げるのが合理的と言えるでしょう。
60歳はまだ若造というこれからの時代は、職業人生のうちで早期退職優遇に遭遇しない人の方が珍しくなるのかもしれません。職業人生が長くなる一方で、技術や組織の変化は加速します。『ライフシフト』を著したアンドリュー・スコットとリンダ・グラットンは、人生100年時代に必要な資産の一つとして「変身資産」を挙げています。人生の新しいステージに移行する意思と能力のことです(2016年、東洋経済新報社)。職場が早期退職優遇を始めたときに慌てなくて済むよう、変身資産を蓄えておくのは重要なことです。
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