運用額1500億ドル超 ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”に聞く「圧倒的な強み」
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)で「参謀長」と呼ばれているのが、チーフオブスタッフ兼CEO室長の佐々木陽介さんだ。佐々木さんは、日本語で言えば「参謀長」として、CEOの補佐役や、ソフトバンクグループとのパイプ役をしている。現状のSVFの内幕は? 佐々木さんに聞いた。
ソフトバンクグループ(SBG)の子会社SBインベストメントアドバイザーズが、2017年5月に設立したソフトバンク・ビジョン・ファンド1(SVF1)。19年に設立したSVF2と合わせて約1500億ドル(現在の為替レートで計算すると約23兆円)を超える世界最大級のベンチャーキャピタルだ。
18年に始まり話題となったPayPayにも、SVFが関わっている。PayPayは「Paytm」というインド企業のプラットフォームを使ったサービスで、このPaytmはSVF1が出資した企業だ。
そのSVFの出資を受けた海外のスタートアップで今、日本市場に進出する企業が増えている。ビジネスコミュニケーション上の不正をAIの技術によってリアルタイムで監視する米Behavox(ビヘイボックス)や、ECサイト向けの動画機能など各種ソリューションを提供する「Firework」を運営する米Loop Now Technologies(ループ・ナウ・テクノロジーズ)など、50社以上が日本での事業をすでに展開中だ。特にオンラインの顧客分析ツールを提供する仏Contentsquare(コンテンツスクエア)は近年、日本でシェアを拡大している。
この日本進出をSVFが支えていることはあまり知られていない。SVFが海外スタートアップの日本市場進出をサポートする狙いは何か。どんな投資戦略を描いているのか。SBインベストメントアドバイザーズでチーフオブスタッフ兼CEO室長を務める佐々木陽介さんに聞いた。佐々木さんはChief of staff、日本語で言えば「参謀長」として、CEOの補佐役や、ソフトバンクグループ(SBG)とのパイプ役をしている。
SVFの“参謀長”佐々木さんのインタビューを、今日から3回にわたってお届けする。
佐々木陽介(ささき ようすけ)ソフトバンクインベスメントアドバイザーズ マネージングパートナー、チーフオブスタッフ兼CEO室長。1999年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2003年ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)に入社。財務部にて、買収ファイナンス、M&A案件などを担当。複数のポートフォリオ会社のマネジメントを歴任したのち、SBインベストメントアドバイザーズの設立に携わる。現在、ソフトバンク・ビジョン・ファンド1を運営するSBインベストメントアドバイザーズのロンドンオフィスに勤務するかたわら、東京オフィスの共同代表も兼務。また、アーリーステージにフォーカスしたAI特化型ベンチャーキャピタル、ディープコアのアドバイザー兼投資委員会メンバーや、本田圭佑氏の率いるファンドX&のアドバイザーも務める。渋谷区アドバイザー。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA
運用額は1500億ドル超 巨大ファンドの内幕は?
――まずSVFはどんなものなのか教えてください。
SVFは大きく1と2に分かれています。1の資産運用額は約1000億ドル、日本円で15兆円規模の運用をしています。こちらはサウジアラビアの政府系ファンド(パブリック・インベストメント・ファンド)やアップルなど、外部のLP(Limited-Partner、有限責任組合員)のお金も引き入れて運用しています。
2は、約600億ドルの運用規模で展開しています。こちらは、ほぼ全てSBGの資金で運用しています。いずれのファンドも設立当初から一貫してAIを軸に投資をしています。これはAIのど真ん中だけに限定しているわけではなく、AIを使って何かしらのサービスを計画しているものであっても投資の対象にしています。
――SVFの特徴といいますか、強みはどういった部分にあるのですか。
SVFの強みは、とにかくそのサイズにあります。SVF1が設立される前は、特にベンチャーキャピタル業界では、10億ドルを超える規模のファンドはほとんどなかったと思います。そういう意味では、業界をディスラプト(再定義)した存在だったのではないかと思います。
実際、SVF1以降に数十億ドル級の規模のファンドがいくつも出てきたので、自分たちが業界をディスラプトしたと思っています。一方、それによって価格のつり上げ合戦が始まったといったようなさまざまなご批判もあります。とはいえ、ファンドは、さまざまな資本をいろいろなところに振り向ける事業ですので、そういう資本がテクノロジー企業に潤沢に回るようになったきっかけだと捉えています。
――運用規模以外の強みは何でしょうか。
世界中に拠点を持ち、各地に人材をしっかり置いている点です。主な拠点はサンフランシスコとロンドンで、中国やシンガポールなどのアジア、そして中東、ラテンアメリカにも拠点があります。これだけの規模で世界中に人を置いて、全世界を網羅しているファンドは、あまりないと思います。
何よりの強みだと思っているのが、ソフトバンクグループの企業と連携が可能な点です。モバイル通信事業もそうですし、LINEヤフーといったメディア事業や、福岡ソフトバンクホークスといったプロスポーツ事業など、日本にある多様な事業と連携できます。ものすごく強力なエコシステムが日本にあるので、ここもアピールしていますね。
――海外のスタートアップ企業が日本に進出した際に、ソフトバンクグループの各社による支援を受けられるのは大きいですね。
同業他社の名門ベンチャーキャピタルは基本的にファンド事業だけを中心にしていますので、ここはSVFならではの強みだといえます。
企業がわれわれの投資を受けることで、投資を受けた先のビジネスのビジョンを描けることは大きいと思います。日本進出の際の手助けをしっかりサポートできることを、投資を受ける企業にはアピールしています。
――スタートアップが投資元にアピールするのではなく、SVFが「投資先にアピール」しないといけないのですね。現在のスタートアップ投資市場はオーバーサブスクリプション(売りに対して買いが上回る状態)だといわれていますが、現状をどう見ていますか。
まずマーケット自体が、戦争やインフレの影響などがあり、2〜3年前と全く違うものになっています。金利が非常に高くなっているので、ドル預金だけで5%程度の金利がつくようになっています。預金するだけで5%の利回りなわけですから、例えば10%程度のリターンを狙えるがゼロになるリスクもある株式投資をする必要があるのか、という話になってしまいます。
従って以前よりもさらに、株式投資をするからには、それなりのリターンが求められるようになりました。そのため、投資家はより厳選して、例えばこれから10倍20倍になる見込みが高い会社に、お金をしっかり振り向けようとする動きになっています。良い会社には投資家が殺到し、会社から投資家が選別されるようになってきているわけです。
――確実に成長が見込めそうなスタートアップに投資が集中しているわけですね。
そういうわけです。投資する側が「お金を持っているから入れてやるよ」というスタンスは、良いスタートアップには全く通用しません。資金調達に困っている会社は「お金をください」となるかもしれませんが、基本的にそういう会社には投資したくないわけです。
――そうなると、やはり投資する側としては、スタートアップに対して出資を受けた後のビジョンまで示す必要があるわけですね。
そういうことです。そうなったときにSVFとしては、出資規模だけでなく「ソフトバンク」というブランドが強い武器になります。われわれの出資を受ければ、日本にものすごく強力なエコシステムがあるので、そういったものをレバレッジしながら日本進出をサポートできますよとアピールしています。もちろん出資したプロダクトやサービスが良くないと、日本市場で受け入れてもらえないのですが、実際に成功した事例も多くあります。
ファウンダーの人たちの横のつながりはかなりあるので「SVFに出資してもらったらこんなサポートをしてくれた」という評判が口コミで広がるなど、徐々に浸透し始めていると思いますね。
――具体的にはどんなサポートを受けられるのでしょうか。
力を入れているのはソフトバンクやLINEヤフーなどグループ会社との連携ですね。いろいろな連携の仕方がありまして、例えばグループ企業が潜在的な顧客となってサービスを導入してくれたり、プロダクトを買ってくれたりといったように、顧客として紹介するケースもあります。
他には一緒にビジネスコラボレーションをして、タッグを組んで日本のマーケットで売っていこうとするケースもあります。ジョイントベンチャーを組んで、何かを開発しようというのも一つのケースですね。このようにトップライン(売上高)サポートの形で徹底的に支援するのが大きいですね。
PayPay誕生にも関与 ソフトバンクグループの圧倒的な営業力
――トップラインサポート以外には何かあるのでしょうか。
人材採用のサポートもしています。加えて本当にゼロから日本に進出する際に、意外とよく相談されるのが「銀行口座を開設するのがすごく大変」ということですね。われわれは各メガバンクと関係があるので、口座開設のサポートをすることもあります。そういう地味なことが意外と喜ばれます。
また、投資先のCEOが来日する時などに日本のメディアをご紹介したりもしています。海外では有名でも日本ではまだまだ知名度が低い場合も珍しくありません。紹介することでメディアの露出につながり、認知度が高まることは非常に喜ばれます。
成功例の一つは、オンラインの顧客分析ツールを提供するコンテンツスクエアです。同社はフランスに拠点を置く企業で、われわれの出資を受けて日本に進出して顧客を増やしていました。
そこで「日本で知名度を高める活動」の一つとして、ソフトバンクの宮内謙会長が主催する(グループ内の企業をつないでシナジーの創出を推進する)「グループCEOシナジー会議」でプレゼンすることにしました。
この会議はソフトバンクグループ300社超のうちの約60社のCEOが定例で集まる会議なのですが、そこでSVFの出資を受ける企業として紹介したところ、宮内会長から具体的な経営アドバイスが飛んだりと大変盛り上がりました。多くのグループ会社CEOも興味を持ってくれて、実際にサービスを利用してくれる企業も複数ありました。
――一度にそれほどの受注につながるのは、スタートアップとしてもうれしいでしょうね。
これはグループ会社が顧客になった事例ですが、最新のオンライン顧客分析ツールをグループ企業が導入することによって、自社Webサイトによる販売パフォーマンスも上がるシナジーも生まれています。コンテンツスクエアとしても認知度の向上と、ソフトバンクグループのこれだけのグループ会社に使ってもらえている事実自体が宣伝になるので、Win-Winの事例だと思いますね。
――先ほど少し出た、人材面ではどのようなサポートをしているのでしょうか。
人の採用は本当に皆さん苦労しています。英語が話せたり、特にカントリーマネジャーの経験を持っていたりする人材は、日本ではなかなか少ないのが現状です。そういう人材の紹介をしています。
カントリーマネジャーの紹介は個人的なネットワークで行うこともありますし、人材エージェントを使うこともあります。エージェントを紹介するだけでも喜んでくれますので、それほどサポート需要があるのだと思います。いろいろなサポートの中でも、特に人材面での状況を見るのが一番難しいですね。
――これまでソフトバンクグループの有名な動きで、SVFが関わっていた例はありますか。
18年に始まり一気に話題となったPayPayにも、SVFが関わっています。PayPayは「Paytm」というインド企業のプラットフォームを使ったサービスになるのですが、このPaytmはSVF1が出資した企業になります。そこにソフトバンクグループの圧倒的な営業力が加わり、一気に広まっていった形ですね。
これまでSVFが出資した500社ほどの企業のうち、50社ほどが日本に進出しています。約10分の1ですね。今後も、もっと多くの企業が日本に出てきてくれるといいなと考えています。
編集部より:2回目【ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”明かす 日本発スタートアップへの投資が少ない理由】は20日午前8時、3回目【孫正義の「先を見通す力」とは? ソフトバンク・ビジョン・ファンド“参謀長”明かす】は21日午前8時に公開します! お見逃しなく! ≫
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