この記事は、垣内勇威氏の著書『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP、2023年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
企業視点ばかりが先行して失敗を招きやすい典型例に、顧客の囲い込みを狙った安易な「会員プログラム」や「ロイヤルティープログラム」があります。
複数サービスの利用促進や、他社サービスへの離反防止を狙って、自社独自の会員組織をつくります。そして「シルバー会員」「ゴールド会員」「プラチナ会員」などのランクを付け、独自のポイントを付与します。
アプリ登録を促したり、会員証を発行したりすることもあります。ところが会員の特典は、わずかばかりのポイントや、どこにでもありそうなクーポンばかりです。顧客視点では、そこの会員になる経済的なメリットはほとんどありません。
そのサービスを使い続けてポイントをためたいという気持ちよりも、他社サービスもいろいろ使ってみたいという気持ちが勝ります。わずかばかりのインセンティブでは、顧客を囲い込むことなどできないのです。
顧客は「ゴールド会員」なんて欲しくない
「ゴールド会員」など名誉ある称号を与えれば顧客が喜ぶかといえば、全くそんなことはありません。自分が特に好きでもない企業から「あなたはゴールド会員です」といわれても、うれしいはずはないでしょう。
もしうれしいケースがあるとすれば、既にそのブランドを愛しており、応援したいと思える状態になっている顧客に限ります。それは会員プログラムによってLTVが伸びるというより、LTVの高い顧客が会員プログラムを支持しているだけです。
また特定のサービスをよく利用していてゴールド会員になったからといって、その会社が提供する別のサービスに興味を持つかといえば、そんなことも全くありません。あるホテルチェーンをよく利用しているからといって、そのグループ企業が提供する商業施設や賃貸マンションまで使ってくれる望みは薄いでしょう。
多くの場合、同じグループ企業が提供していることにすら気付いていません。例えるなら、結婚して自分のことを愛していれば、自分の親のことも愛してくれるだろうというのと同じくらい傲慢(ごうまん)な発想です。
安易な会員プログラムで顧客を囲い込むことはできません。なぜなら、囲い込まれることによって、顧客に提供される価値が極小だからです。
著者プロフィール:垣内勇威(かきうち・ゆうい)
WACUL 代表取締役
東京大学卒。ビービットから2013年にWACUL入社。改善提案から効果検証までマーケティングのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」を立ち上げる。19年に産学連携型の研究所「WACULテクノロジー&マーケティングラボ」を設立。研究所所長および取締役CIO(Chief Incubation Officer)として新規事業や新機能の企画・開発およびDXコンサルティング、大企業とのPoC(概念実証)など、社内外問わず長期目線での事業開発の責任者を務めてきた。22年5月に同社代表取締役に就任。著書に『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)など。
自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいが、有効な手だてが見つけられない企業は多い。「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」という言葉や概念は浸透しているが、正しくマーケティング戦略に組み入れ、機能させている企業は想像以上に少ない。本書はLTV向上施策において、顧客が逃げ出してしまう「4つのボトルネック=MAST」を浮き彫りにし、企業と顧客が向き合う接点ごとに有効な対処法を紹介。マーケティングや営業、顧客サービス部門の担当者がすぐに実践できるよう、多彩な事例を示しながら分かりやすく解説する。真に顧客から「愛される企業・ブランド・製品」を目指す企業担当者にとって必読の1冊。
関連記事
- メタバースの「残念な現実」 日本のアパレルが総崩れする前に直視すべきこと
2021年末ごろから急速に加熱したメタバースブーム。新しい消費の在り方として注目を集める一方で、本質を見極めないまま参入し、失敗する企業が後を絶たない。アパレル業界はメタバース市場とどう付き合うべきか。河合拓が「夢と現実」を指摘する。 - 日本のアパレルが30年間払わなかった「デジタル戦略コスト」の代償
「DX」という言葉に踊らされていないだろうか? テクノロジーの急速な進化はアパレル業界全体に不可逆な変化をもたらしている一方で、本質を欠いた戦略で失敗する企業は後を絶たない。アパレル業界における「PLM」もその一例だ。本連載では国内外の最新テック事例を“アパレル再生請負人”河合拓の目線で解き明かし、読者の「次の一手」のヒントを提供する。 - 「取ってよかった資格」ランキング TOEIC800点台やMBAを上回る1位は?
リスキリング施策を準備する企業や、個人の学び直しに興味を示すビジネスパーソンが増えている。資格取得にも注目が集まるが、実際に取得して役立つのは、どのような資格なのだろうか。 - “学びたくない”日本人 2000億円の投資で「給料が上がる仕組み」は作れるか?
政府がリスキリング(学び直し)支援に熱心だ。厚生労働省は2024年度の概算要求でリスキリングなどに2000億円を盛り込んだと発表した。狙いは「三位一体の労働市場改革」を実現し、賃金が上がる仕組みを作ることにある。こうした政府の取り組みに勝算はあるのか? リスキリングが浸透している実感が持てないのはなぜなのか? 人事ジャーナリストの溝上憲文氏が解説する。 - 約8割が「リスキリング」経験あり 実感した効果とは……?
約8割の人がリスキリングの「経験あり」と回答したことが、Waris(東京都千代田区)の調査で明らかとなった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.