費用対効果ばかり追い求める「モンスター」がいずれ敗北するワケ:LTVの罠
デジタルマーケティングの施策は「短期的な顧客の刈り取り」に傾倒してしまいがちだ。デジタルによる顧客接点には2つの特性がある。あらためて確認しよう。
この記事は、垣内勇威氏の著書『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP、2023年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
なぜデジタルマーケティングの施策が「短期的な顧客の刈り取り」に傾倒するかといえば、データ取得が容易でリアルタイムに成果が丸裸にされるためです。例えばデジタル広告を打てば、その広告をクリックした人数、そこから購入した人数がすぐに分かります。
1人が購入するために必要な広告費(CPA=Cost Per Acquisition)もすぐに計算できます。CPAは毎日リアルタイムで確認できます。前週・前月と比べて悪化していれば担当者は不安になります。上司への報告義務もあれば、その原因を追究し、改善方針を立てなければなりません。
広告運用の担当者は、自分の仕事の通信簿ともいえるCPAを毎日見せられ、ナーバスにならざるを得ない環境に身を置いているのです。結果的にこの短期での費用対効果(CPA)ばかり追い求める、通称「CPAモンスター」と呼ばれる人種が生まれます。
費用対効果ばかり追い求める「モンスター」がいずれ敗北するワケ
CPAモンスターたちは、短期の成果につながりやすい、今すぐ買いそうな顕在顧客の刈り取りばかりを狙うようになります。一方でニーズが潜在的な顧客は、すぐには購入に至らないため、ターゲットから除外されます。顕在顧客ばかりを狙うCPAモンスターが増えれば、その市場はレッドオーシャン化し、CPAは悪化していきます。
このようにデジタルマーケティングは、データが見え過ぎるあまり、短期視点で、顕在顧客の刈り取りに傾倒してしまうのです。しかし本来デジタルマーケティングは、短期的な刈り取りよりも長期的な顧客とのコミュニケーションに強みを持ちます。なぜならデジタルはあらゆる顧客接点の中で、最も安価に継続した接触が可能だからです。
例えば、メールマガジンであればほぼ無料で顧客に情報を届けることができます。Webサイトも、一度作ってしまえばほぼ無料で顧客に見てもらえます。
デジタルの特性は「セルフサービス」と「ストック」
デジタルによる顧客接点の第1の特性は「セルフサービス型」であることです。顧客が勝手に閲覧するため、人間による接客コストがかかりません。営業担当による訪問、店舗スタッフによる接客、コールセンターによる架電などの人件費は一切不要です。そのため、人間が対応できないくらい、長期的に何度も顧客に情報を届けたいケースにおいて、デジタルは強みを発揮します。
デジタルの第2の特性は「ストック型」であることです。一度資産を築いてしまえば、その後、長期的に低コストで顧客に接触できます。メールマガジンの登録者、SNSのフォロワー、アプリのインストール者など、接点を持った顧客には情報を無料で届け放題です。Webサイトも一度作り込めば、検索エンジンなどから無料で顧客を集められます。
一方、マス広告などは「フロー型」の施策なので、顧客と接触するためにコストを投下し続けなければなりません。この観点でも、長期的に顧客と接点を持ち続けたいケースにおいて、デジタルは優位性があるのです。
このようにデジタルマーケティングは、本来その特性から長期的な顧客とのコミュニケーションにこそ使われるべきものなのです。デジタルを“短期刈り取り”にばかり使う「CPAモンスター」化してしまったマーケターに対して、デジタルを長期的な顧客とのコミュニケーションに使うべきだと説得する必要があるでしょう。
著者プロフィール:垣内勇威(かきうち・ゆうい)
WACUL 代表取締役
東京大学卒。ビービットから2013年にWACUL入社。改善提案から効果検証までマーケティングのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」を立ち上げる。19年に産学連携型の研究所「WACULテクノロジー&マーケティングラボ」を設立。研究所所長および取締役CIO(Chief Incubation Officer)として新規事業や新機能の企画・開発およびDXコンサルティング、大企業とのPoC(概念実証)など、社内外問わず長期目線での事業開発の責任者を務めてきた。22年5月に同社代表取締役に就任。著書に『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)など。
自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいが、有効な手だてが見つけられない企業は多い。実際「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」という言葉や概念は浸透しているが、正しくマーケティング戦略に組み入れ、機能させている企業は想像以上に少ない。本書はLTV向上施策において、顧客が逃げ出してしまう「4つのボトルネック=MAST」を浮き彫りにし、企業と顧客が向き合う接点ごとに有効な対処法を紹介。マーケティングや営業、顧客サービス部門の担当者がすぐに実践できるよう、多彩な事例を示しながら分かりやすく解説する。真に顧客から「愛される企業・ブランド・製品」を目指す企業担当者にとって必読の1冊。
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