賃上げ、景気回復の恩恵は「労働者のわずか3割」だけに――ニッポンの病根とは?:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/3 ページ)
日々の報道では賃上げや株価上昇、景気回復がうたわれるがまるで生活に実感がない――そんな人が多いのではないでしょうか。それもそのはず、日本社会はずっと、ごく一部のエリートによるごく一部のエリート層をモデルにしたカタチで動いています。格差が広がる中、日本の病根に向き合うにはどうしたらいいのでしょうか?
可能性を見いだせない、働く女性たち
男女の賃金格差の原因は「中間管理職が少ないことが原因」とされてきました。だったらさっさと女性を昇進させればいいのに、聞こえてくるのは「母数が少ないことが大きな原因ですから、今後はどんどん女性管理職は増えていきますよ」という言い訳ばかりです。私はこの言い訳をかれこれ10年以上、耳にタコができるほど聞いています。
Indeed Japanが実施した調査でも、日本で働く女性の約4割(41.7%)が「女性よりも男性の方が簡単に昇進できる」と感じ、「今後5〜10年で女性管理職が増える」と思う割合は3割以下(27.8%)です。
また、同調査では働く女性の8割以上(81.0%)が「男女賃金格差がある」と感じ、そのうち約6割(58.0%)は、今後5年間で賃金格差が解消する「可能性が低い」と答えています。
でも、一方でこんな疑問もわいてきます。
本当に男女格差は「管理職の少なさ」が原因なのか? と。
「女性管理職の少なさ」が原因なのか?
このシンプルな謎に答えてくれているのが、2023年のノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン博士です。
ゴールディン博士の研究の最大の“ウリ”は、大量のデータに基づく科学的な分析に質的なインタビューを加えることで、賃金差の謎を「社会のあり方」にまで言及した点にあります。
なかでもMBA(経営学修士)取得者を対象にした調査結果に、私は感動すら覚えました。
対象は、1990年から2006年までの米シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスのMBA取得者です。全員が最高学位を持っていて、同じビジネススクールを卒業している。つまり、教育、訓練、職務経験などの、就職前の準備状況は同等と見なすことができ、男女の賃金差を論じるのに最適なサンプルです(結果は以下の通り)。
- 初職に就いた直後の女性の収入は、男性の1ドルに対し95セント。
- 年を追うごとにその差は拡大し、13年目には男性の1ドルに対し64セントに低下。
- 未出産の女性だけで比較すると、男性に比べて収入は9セントほど少ないがほぼ同等。
- 一方、子どもを産んだ女性は、復帰後賃金が低下し、その状態がその後も持続。
- 女性は男性に比べ、最初の13年間にキャリアの中断が長く、週当たりの労働時間が相対的に減少。
- 女性の多くは、出産復帰直後は過酷な労働を続けるが、1〜2年後から労働時間を削減する人が出始め、3〜4年後に大きな変化(労働時間の削減や自営業への転身)が起こり、収入は出産前の74%まで落ち込む。
また、以下のことも分かりました。
- 女性MBA取得者の休日は、全女性労働者の平均値と比べて少ない。
- MBA取得後、最初の数年間の労働時間は男女とも週平均60時間前後。13年目の女性は49時間、男性は57時間。
- 13年後までに、MBAを取得した女性の17%が全く職に就いていない。
これらの分析結果からゴールディン博士らは、MBA取得者の男女賃金格差の主な要因は「キャリアの中断と週平均労働時間」と指摘。子どもの誕生にともない、女性がケア労働の責任を担うという「選択」を余儀なくされていることだと考察しました。
人生におけるライフイベント(=出産)によって、男性の有償キャリアが優先され、女性の労働時間が減ることに、賃金格差の「病根」があるというエビデンスが明確に示されているのです。
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