賃上げ、景気回復の恩恵は「労働者のわずか3割」だけに――ニッポンの病根とは?:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
日々の報道では賃上げや株価上昇、景気回復がうたわれるがまるで生活に実感がない――そんな人が多いのではないでしょうか。それもそのはず、日本社会はずっと、ごく一部のエリートによるごく一部のエリート層をモデルにしたカタチで動いています。格差が広がる中、日本の病根に向き合うにはどうしたらいいのでしょうか?
「対症療法」ではなく「病根」に向き合う方法
むろん男女の雇用差別はさまざまな場面に存在し、そこには人間の無意識の偏見や、女性の競争心や自立性の問題、子育ての社会保護政策の欠如などの問題が複雑に絡み合っているのは事実です。
しかしゴールディン博士が200年以上にわたる米国のさまざまなデータを包括的に分析して分かったのは、それらの問題を是正してもなお、全ての職業で賃金格差は残り続け、例外はなかったということです。「でも、それって米国の話だろ?」とツッコミも聞こえてきそうですが、大学進学率は男性60.7%、女性54.5%でその差はわずか6%ですし、企業の採用担当者からは「女子学生の方が優秀なんですよね〜」という声も少なくありません。
つまるところ、ゴールデン博士の調査結果が示唆するのは「働き方のスタンダードを変えよ!」というメッセージです。
育児に理解がある上司に恵まれ、男性の育児休暇取得率が向上すれば、ケア労働に対する心理的・肉体的負担は軽減されるかもしれませんが、それらは「対症療法」に過ぎません。男性の育児休暇の取得率向上もしかり、です。
生きていくためにはお金が必要なので、私たちは市場労働をする。 生きていくためにはご飯を食べたり、掃除をしたり、その力がない子どもや高齢者のご飯を作ったり、掃除をしたりする必要があるのでケア労働をする。
どちらも、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働であり、男とか女とか関係のない労働であり、権利です。
参考になるのは日本同様、性役割が顕著なドイツです。ドイツでは短い労働時間を徹底的に厳守することで、男性でもケア労働にアクセスする権利を保護してきました。
平たくいえば「会社で仕事ばっかりやってないで、さっさと家帰って家事とか育児しないと一人前じゃないぞ!」という空気を作り、その結果として「共働き先進国」と呼ばれるに至ったのです。
日本では男女の賃金格差と育児休暇やケア労働が別個に語られていますが、元を正して「病根」に向き合ってほしいものです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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