「日比谷音楽祭を企業の実験の場に」 音楽P・亀田誠治に聞くエンタメの未来(2/2 ページ)
6月8〜9日に開催される日比谷音楽祭は、誰でも無料で観覧できるイベントだ。運営資金は企業協賛金、助成金、クラウドファンディングによって賄われている。同音楽祭の実行委員長の亀田誠治さんはなぜ、日比谷音楽祭に取り組むのか。話を聞いてみると音楽業界の課題が見えてきた。
自称「音楽業界のスイス」 しがらみに縛られない
――日比谷音楽祭は2日間で約15万人を集める大きなイベントです。これほど大きなイベントを開催するのは簡単ではなかったと思います。音楽祭を実現するまでにどんな苦労がありましたか。
一番の苦労は資金面ですね。初めは「亀ちゃん、無理しないほうがいい」「続けるのは難しいよ」と言われていたんです。でも、ニューヨークやロンドンでは長年にわたって実際にフリーコンサートが開かれているのに「これを日本でできないわけがない」と思っていました。
人間はどうしてもできない理由を探してしまうんですよ。起業家の皆さんも、きっとこういうことを言われた経験があると思います。それでも共感・共鳴・共振する仲間を集めて「できる」と信じて目標に向かっていくと、必ず賛同してくれる人が現れます。それを日比谷音楽祭を始めてからの6年間で学びました。
少数精鋭でやることにもこだわりました。そうでないと「ブレる」からです。私のやりたいことが伝わるように、極力自分たちと企業とで直接交渉をしました。アーティストのブッキングも隅々まで私が手掛けています。そこは手間暇がかかりますが、絶対に譲れないフィロソフィーの部分です。
私は自分のことを「音楽業界のスイス(永世中立国)」と呼んでいるのですが、私が今までどこのプロダクションやメーカーとも独占契約を結ばずに、インディペンデントのプロデューサーとしてやってきたことが影響していると思います。楽器メーカーに関しても、広告には出ていますが(企業が個人と結ぶ独占契約である)エンドースメント契約は引き受けていません。だから、企業とはその都度、打ち合わせをしています。
素晴らしい才能のアーティストがたくさんいるのに、しがらみに縛られてしまうのがもったいないと思って。全て公平に対応できるように、どこにも属さないと若いころから決めていたんです。
――エンタメ業界の課題をITで解決している例も多くありますが、まだ課題となっている部分はあるのでしょうか。
ありますね。今がまさにITの出番だと思っていて、日比谷音楽祭でもITを取り入れた企画を実施しています。例えばDeNAと作った「日比谷音楽祭公式おさんぽアプリ2024」では、会場内にある特定のスポットで、クラファン支援者の名前が掲載されているVRがスクリーンで現れたり、会場内の至る所でVR装飾を楽しんだり、公園内に花火があがるAR技術を(空間レイヤープラットフォームを提供する)STYLY(東京都新宿区)が導入してくださったり。ちなみにこのAR花火とともに流れる楽曲は、日比谷音楽祭のために私が書き下ろしました。
VR、ARというと「亀田さんは生のステージを届けたいんでしょ」と思われがちなんですが、そんなことはありません。さまざまな形でエンタメを育て、届けていきたいと思っています。
私自身も技術の進歩に助けられてきた部分が大きいんです。私はベースしか弾けませんが、今はコンピュータがあれば音楽を組み立てられます。そのおかげでロック、ポップス、オーケストラと多様な音楽のプロデューサーとして活躍の場を得てきました。テクノロジーと、自分の活動とは常に密接に結びついていて、幅を広げられています。
そういった意味では、私はサブスクリプションサービスも推奨しています。サブスクがどんどん広がって、広告料に頼らなくても、みんなが有料会員になってくれれば、売り上げを欧米並みの水準まで持っていけるんじゃないかと。それにはITの力が不可欠ですね。
――亀田さんは広告料ではなく、消費者が有料会員として各サブスクにお金を払うビジネスモデルの方が、音楽業界にとっては理想的だと考えているということですね。
サブスクにお金を払うという行為は、(サブスクリプションサービスからの分配金を通して)未来の音楽やアーティストに対しての支援をするだけでなく、過去のアーティストに敬意を払うことだと思っています。
サブスクと言えば欧米では2000円するのが当たり前なのに、日本では1000円ほどの「お試し価格」、つまり安い金額から始めてしまったんですよね。そしていまだに「金額を上げると人が離れていくんじゃないか」と、なかなか金額を上げられないでいる。私は日比谷音楽祭を通して、その辺りのリテラシーを企業の皆さんと一緒に底上げしたいのです。
――亀田さんは単に音楽祭を開催してきたのではなく、このイベントを通してオーディエンスや企業の文化を変えようとしているんですね。
そうなんです。日比谷音楽祭は言ってみれば「図書館」のようなものだと思っています。ここで出会ったものに対して「これからお金を落としていこうよ」という思いでやっています。日比谷音楽祭はエンタメに関わるための「広い間口」なんです。もしかしたら私一人の人生では、今の文化を完全に変えるところまではいけないかもしれませんが、ライフワークとして少しでも良くしていきたいと思っています。
著者プロフィール
山形麗(やまがた うらら)
1999年生まれ。相続・不動産・お庭をメインに、幅広いテーマで年間200以上の記事を執筆。社会課題や暮らしの問題などを多岐に渡って取材している。2023年6月、秋田県に行政書士事務所『行政書士オフィス麗』を開業。
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