「解雇規制」また棚上げ? 必要なのは“緩和”ではなく……いま見直すべきポイントとは:働き方の見取り図(3/3 ページ)
個人の働き方や労働環境が刻々と変化を遂げている中で、解雇をめぐる議論は避けては通れない。解雇規制の見直し議論はなぜ深まらないのか。議論で見落とされているポイントを整理する。
必要なのは解雇規制の緩和ではなく……
このように、日本は解雇をめぐって未整備な部分が見られますが、ルール整備を待たずに雇用の現場は先に進んでいます。中でも大きな変化の一つは、無期雇用の多様化です。雇用期間も職務も勤務地も無限定な社員は正社員と呼ばれますが、いまは無期雇用ではあるものの職務や勤務地などが限定されているケースが増えてきています。
増えている理由は大きく2つ。1つは、労働契約法18条に定められた無期転換ルールによって、有期雇用の契約更新を繰り返して5年を超えるなどの条件を満たした社員が無期雇用化していることです。無期雇用だからといって、それがいわゆる正社員とは限りません。職務や勤務場所などに制限があったり、同じ無期雇用ではあるものの就業規則が別で定められていることもあります。
もう一つは、ジョブ型などと呼ばれる人事制度の広がりです。職務ありきで契約する欧米のようなジョブ型雇用とは異なり、内実は会社の一員として所属契約するメンバーシップ型雇用の正社員でありながら、職務内容を限定するという矛盾した側面を持つ、職務限定社員などを指します。
ひと昔前のように無期雇用といえば無限定なメンバーシップ型の正社員だけを意味した時代は終わり、無期雇用のあり方は多様化しつつあります。しかし、解雇の合理性をめぐる基本的な考え方は正社員を前提にしたままです。
無期雇用=正社員一択ではなくなってきている以上、それに合わせて解雇に関するルールも整える必要があるはずです。無期雇用でも職務や勤務地などに制約があれば、会社は配置転換時に配慮することになります。となると職務限定の場合、業績不振などで同じ職務での雇用維持が難しくなれば解雇することに一定の合理性がありそうですが、いまはその点が曖昧(あいまい)です。
「滋賀県社会福祉協議会事件」と呼ばれる事件の裁判では、職種限定合意がある社員を会社が強制的に異なる職種へ配置転換できないとする判決を最高裁判所が示しました。職種限定だと人事権が制限されることがハッキリしたことになります。それなのに、解雇の合理性判断は無限定な正社員を前提としたままでは、権限と責任のバランスがとれているといえるのか疑問です。
働き手の立場が弱いことを考えると、解雇規制を緩和することは望ましくないと思います。会社が解雇権を濫用してしまっては雇用が不安定になります。
しかし、実際には多数の解雇が起きていると考えられる中、法律で定められている金銭補償は十分とはいえません。さらに、無期雇用の多様化が進んでいるにもかかわらず解雇をめぐっては正社員が前提のままなので、ジョブ型と称しつつ実態はジョブ型雇用ではないという矛盾が生じています。本当はもっと長く雇用したいと職場側が思っていたとしても、5年や10年など無期転換ルールに抵触する前を目安に、有期雇用は契約更新を止められてしまいます。
それでは、働き手にも会社にも不利益が生じます。必要なのは解雇規制の緩和ではなく、解雇ルールを整備することです。雇用の現状に対して、解雇ルールは後手に回っています。望ましい労働市場の姿を描いた上で、丁寧かつ早急に整備する必要があります。
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