現場に「ムダな仕事を省け」と言っても無意味なワケ 生産性向上の落とし穴:ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか?(2/3 ページ)
「日本企業(のホワイトカラー)は労働生産性が低い」と言われて久しい。業務効率化のための施策を取りれている職場も少なくないだろうが、あなたの職場における「カイゼン」は、本当に効果につながるものだろうか。日本企業が陥りがちな勘違いをおさえておきたい。
では、少人化圧力がかかっていないホワイトカラー職場ではどうなるか? 主に以下の2つの理由により、ホワイトカラーの職場では、現場主導のカイゼンによって生産性を高めることはできないのである。
(1)改善した分、他の作業をしてしまう
ホワイトカラーの場合、現状では非定型業務が大半を占めており、さらにそのかなりの割合を「グレーゾーン業務」が占めている。グレーゾーン業務とは「社内的には意味はあるが、顧客価値という点では意味がない」業務である。
第4回の記事で列記した、「情報収集」と「資料作成」、そのための「打ち合わせ・会議」とその「日程調整」、その前の「合意形成(≒根回し)」やその後の「議事録づくり」、業務上の「報告・連絡・相談」、あらゆる「メールを書くこと・読むこと」、といったホワイトカラー業務の大半は、グレーゾーン業務である。
もちろん、職務遂行上、絶対にやらなくてはいけない「必須」業務も一定量ある。だがその上にかなりの幅で「社内的には意味はあるが、顧客価値という点ではほとんど意味がない」業務が積み上がっている、というのが実態ではないだろうか。
さて、こうしたグレーゾーン業務がたくさんある中で、それらのうちの一部をあなたや、あなたの部下たちはやっており、残りはやらないでいる。では最終的に何が線を引いている、つまり「やる」と「やらない」を分けているのだろうか?
それは「業務時間」(あなた個人、またはあなたの部門に属する人員の業務時間の合計)である、ということがほとんどだろう。なぜこの線まではやったのか? それは業務時間に収まったからだ。なぜこの線より上はやらなかったのか? それは業務時間に収まらなかったからだ。
別にこの線から上が「ムダだから」「重要ではないから」と判断して、やらなかったわけではない。単に、時間が足りなかったからだ。つまり、価値基準ではなく、時間を基準とした線引きをしていることになる。これが何を意味するか?
仮にあなたの部門にメンバーが10人いたところに1人増員されたらどうなるか? こなせる業務量が1割増えるから、この線が上に移動する。つまりこれまでは時間の都合で諦めていた業務がこなせるようになる。
あるいはメンバーは10人のままでも、作業効率が10%上がったらどうなるか? やはり、この線が上に移動し、これまで諦めていた業務がこなせるようになる。
どちらのケースでも、決して「効率が上がったから少人化」しよう、とはならない。ということは、労働生産性は上がらないのである。
ではどうしたらよいのか? 最初から「少人化」(によって人を他に振り向けること)を目標にするしかない。
トヨタ生産方式の目的は少人化による生産性の向上である。繰り返すがブルーカラーがそれを「好き」なわけではない。これまで5人でやっていた仕事を4人でできるように努力するのはなぜか? それは少人化圧力があるからである。
ホワイトカラー職場も同じである。やっているホワイトカラーたちが好むと好まざるにかかわらず、「少人化圧力」をかけない限り、効率化が進んだとしても、生産性は上がらないのである。
かつての高度成長期、つまり国全体で生産量=売上高がどんどん増えていた時期には、少人化を考えなくても、自ずと労働生産性は上がっていたと言えるかもしれない。だが経済成長がほぼフラットになってから、もう20年以上たっているのである。こうした状況では「少人化」しない限り、生産性は上がらない。
(2)現場は「増やす」ことはできても「やめる」ことができない
もう一つの話は、より深刻である。
日本全国の全ての職場で奨励され、今日も実践されているボトムアップ・現場主導のカイゼン活動には、明示的に意識されているか否かにかかわらず、2つの鉄則がある。
(a)「今より良い」なら良く、改善幅は問われない。今よりも、たとえほんのわずかでも良くなるのであれば、それは立派なカイゼンである。効率がどのくらい向上したのか、その改善幅は問われない。たったそれだけしか向上しないのか、それならやらなくても一緒だな、などと言われることはない。
(b)現状のやり方を維持するのが大前提。カイゼンは、現在やっていることの是非は問わず、100%「ムダ」と言い切れるところを探し、それを削ることだけを考える。そもそもこのグレーゾーン作業をやめてしまえば、まるまる時間の節約になりますよね? という提案はカイゼンにはならない。
別の表現をすれば、トレードオフはできない。今と違う、こういうやり方をすれば、こういうダウンサイド(リスク)はあるが、その分こういうアップサイド(リターン)が大きく取れる、というトレードオフ提案はカイゼンでは基本的にスコープ外である。
なぜか? 現場は仕事を「増やす」ことはできても、勝手に「やめる」ことはできないからだ。上が(しかるべき責任者が)「その作業はやめていい」と言ってやらない限り、現場の判断でやめることはできないのである。
ちなみに。現場の判断で作業を「やめる」ことはできないが、「増やす」ことはできる。その結果、仕事量がどんどん膨れ上がる。念のためダブルチェックもしたほうがいい、念のため事前に説明を、念のため2人体制で……といった傾向はあなたの職場にもあるのではないだろうか?
こうして作業を増やすことは、「リスクを減らす」「丁寧な仕事」として称賛され、それにかかる時間が問われることは、不思議なことに日本ではほとんどない。だからグレーゾーンがどんどん膨れ上がる(ちなみにこれは日本のホワイトカラーだけの現象である。日本以外の国では常に時間を問われるので、「増やす」ことの是非は常に問われる)。
「ムダを削り、正味の作業をさせよ」という。だが100%ムダな作業などというものは存在しない。相対的に必要性の低い(やらなければ軽微な影響はあるかもしれないが、実質ほとんど影響のない)グレーゾーン業務だけが大量にあるのだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
なぜ、ERPを導入したのに「紙や手作業が残る」のか──経理現場に必要なモノ
多くの企業の経理部門が会計システムとしてERPを導入していますが、今なおExcelを多用した手作業への依存度は高く、決算期間中の長時間残業も解消されたとは言えません。その対策を考えます。
「とにかく人手不足」の経理部でも、優秀人材を確保・育成する“4つのカギ”
経理組織の現場は人手不足に悩まされながら、さらに役割の高度化にも取り組まなければならない。余裕があるとは言いがたい日常業務の中で、人材の確保・育成にはどのように取り組むべきなのか。
デキるCFOは「データを報告させずに手に入れる」 求められる“新たな役割”とは?
企業がさまざまな側面において変革を迫られる中、CFOやその参加の財務経理部門も、その役割を大きく変化させる必要があるようだ。CFOはもはや“金庫番”ではなく、また財務部門のリーダーとして数字を取りまとめるのでは不十分だと、アクセンチュアの山路篤氏は話す。
「月末が憂鬱だった」 定型業務を“8割削減”、メドレー経理の変革とは
月末が近づくと憂鬱になる──期限内に終わらせなければというプレッシャーを抱えていたメドレー財務経理部門では、社外のツールや自分たちでシステム開発をするというDXによって8割の業務削減に成功した。その手法を探る。
ミスは許されない──経理の7割が「入金消込に課題」 効率化進まぬ実態は
経理の人手不足が顕著となる中、手間のかかる入金消込業務について、経理部門はどのような課題を抱えているのか、Sansanのインボイス管理サービス「Bill One」が調査を実施した。

