育てた若手が辞めていく──会社を「人生の一部」と感じさせる“We感覚”と“5年計画”:Z世代の若手社員の離職を防ぐマネジメント
若手社員の早期離職を防ぎ、定着を図るためにはどうしたら良いのだろうか? 今回は、オンボーディングにおける重要な考え方をお伝えする。
著者情報:小栗隆志(おぐり たかし)
株式会社リンクアンドモチベーション フェロー。
1978年生まれ。2002年、早稲田大学政治経済学部卒、株式会社リンクアンドモチベーション入社(新卒一期生)。人事コンサルタントとして、100社以上の組織変革や採用支援業務に従事。2014年、パソコンスクールAVIVAと資格スクール大栄を運営する株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。17年、株式会社リンクアンドモチベーション取締役に就任し、経営に携わる。23年より現職。同年、株式会社カルチベートを創業。近著に『Z世代の社員マネジメント 深層心理を捉えて心離れを抑止するメソドロジー』
入社4年目を迎え、営業の仕事にもすっかり慣れてきた若手社員D。安定したパフォーマンスを発揮できるようになり、新規プロジェクトにもアサインされるなど、上司からの期待を肌で感じている。だが、ふとしたときに同期と自分を比べてしまい、心がざわつくことがある。
同期の1人はコンサル会社に転職して「仕事が楽しい」と声を弾ませる。話の端々から充実感が伝わってくる。また、別の同期はITエンジニアとして専門性を磨き、難関資格を取得した。年収も大幅に上がったようだ。
「自分の市場価値はどうなんだろう」「このまま今の会社で働いていて大丈夫なのか」。こうした不安から、ダイレクトリクルーティングサービスに登録すると、いくつかの企業から魅力的なオファーが届いた。
よし、転職しよう。
◇◇◇
Dのように、「これからが楽しみだ」というタイミングで若手社員が離職してしまうのは、企業にとって大きな損失である。「今までの3年間は何だったのか」と嘆きたくなるのも無理はない。
若手社員の早期離職を防ぎ、定着を図るためにはどうしたら良いのだろうか? 今、その答えの一つとして注目を集めているのが「オンボーディング」であり、実際に多くの企業が強化し始めている。今回は、オンボーディングにおける重要な考え方をお伝えする。
「石の上にも三年」「置かれた場所で咲きなさい」 今の若手に響く言葉は?
オンボーディングとは、新しく入社した人が会社の業務や風土に早く慣れるようサポートする活動全般を指す。これにより、社員の早期の「戦力化」を図るとともに、離職防止や職場への定着を促進することを目的としている。オンボーディングを成功させる前提には、昨今の若手社員が置かれている状況や、抱えている不安を理解することが大切だ。
昔から、「地道に目の前の仕事に励みなさい」という意味で、「石の上にも三年」「置かれた場所で咲きなさい」といった言葉がよく使われてきた。いずれも、企業にとっては使い勝手の良い言葉である。しかし、今の若手社員はどう受け止めるだろうか?
近年は、採用・転職関連のサービスが進化しており、企業と応募者、双方の選択肢が広がっている。選択肢が増えるのは良いことだが、いくつかの問題があるのも事実である。一つ、顕著になっている問題が、選ばれる個人と選ばれない個人の「二極化」が進んでいることだ。選ばれる個人は引く手あまただが、選ばれない個人はどこからも声がかからない。また、いったん選ばれたら終わりではなく、入社後すぐに社内でのし烈な競争がスタートする。
「終身雇用」はもはや古めかしい言葉となり、社会人人生を最後まで保証してくれる会社はほとんど見当たらない。保証がないなかで、「選ばれ続けること」に真剣に向き合っているのが昨今の若手社員である。このような時代においては、会社を辞めることも視野に入れながら、将来のキャリアを描くのは当たり前のことだといえるだろう。若手社員が会社を辞めるのは、彼ら自身のキャリアを守るための決断なのだ。
こうした状況にある昨今の若手社員に「石の上にも三年」「置かれた場所で咲きなさい」と言ったところで、誰の心にも響かないだろう。
「辞めさせないこと」が目的になってはいけない
昨今は、「部下が辞めないよう、優しく接しなければ」と自分に言い聞かせているマネジャーも多い。しかし、そればかりに気を取られていたら、リーダーとして事業を発展させることはできない。
組織の目標に向かって最善を尽くすのがリーダーである。そのために、ときには部下に厳しい要求をしなければならないこともあるだろう。反発や抵抗を覚えて、辞めていく部下もいるだろう。そんなとき、リーダーは「自分の言い方が悪かったのだろうか……」「自分の言葉で、部下を不幸にしてしまったのかもしれない……」と悩むこともしばしばある。このような幾多の「業」を背負いながら、行動していくのがリーダーなのだ。
リーダーにとって大切なのは、部下を「辞めさせないこと」ではなく、「組織と個人のために行動すること」であり、言い換えれば「個人の幸福」と「組織の発展」の同時実現だ。個人と組織のどちらかが犠牲になっている状態は、健全な状態とはいえない。
オンボーディングのゴールは戦力化ではなく「一体化」
一般的に、オンボーディングは、新入社員が会社のルールや業務の手順に慣れるようにサポートすることで、早期の「戦力化」を促す取り組みである。もちろん、早く戦力になってもらうに越したことはないが、若手社員の定着を図りたいのであれば、オンボーディングのゴールを「戦力化」ではなく「一体化」に置くべきだ。
上述のように、「このままこの会社にいて、自分のキャリアは大丈夫だろうか……」と、疑念を抱きながら働いている若手社員は少なくない。いわば、会社を「品定め」している状態だが、この状態でいる限り、ちょっとしたことで会社を辞めてしまう可能性がある。だが、一定期間を過ぎると「この会社で働いている自分が当たり前」だと感じられるようになり、品定めをしなくなる。これは、会社が「自分の人生の一部」として位置付けられた瞬間だといえる。
この感覚を得た社員に見られる変化が、主語が「うちの会社は」から「私たちは」に変わることだ。これは、個人人格と組織人格の境目が曖昧になり、自分と会社が「一体化」しつつある状態である。
筆者は、この感覚を「We感覚」と呼んでいるが、We感覚を得た若手社員はちょっとやそっとのことでは辞めなくなる。なぜなら、こうした若手社員は会社へのコミットメントが高まっており、「退職することは自分が大切にしてきたことを否定することになる」と感じるようになっているからだ。
若手社員の定着を図りたいのであれば、「一体化」をゴールにしたオンボーディングを実践し、We感覚を育んでいくことがポイントになる。ただし、個人と会社は一つのきっかけで、ある日突然に一体化するわけではない。長い時間をかけて一体化が進み、徐々にWe感覚が得られるようになっていくものだ。筆者の経験上、主語が「私たちは」に変わるまでに短くても5年ほど、長ければ10年くらいかかる。
一般的に、オンボーディングの期間は3カ月〜1年程度とされている。だが一体化を目的とするのであれば、5〜10年という長期間でオンボーディングを設計しなければいけない。
若手が辞めるのは悪いことではない
個人のキャリアという視点で考えれば、若手社員が会社を辞めるのは決して悪いことではない。ただ、目指すべき理想は、若手社員が定着して生き生きと働き続け、会社も発展し続けている状態であるはずだ。こうした状態をつくるため、一体化をゴールにしたオンボーディングを実践していただきたい。
次回以降は、社歴ごとのオンボーディングのポイントやオンボーディングの成功事例をご紹介したい。
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