リーダーが「地政学」を学ぶべき4つの理由──リスクヘッジのために必要な“視座”とは(1/2 ページ)
最初に「地政学が最強の教養である理由」を紹介したい。4つの理由がある。
この記事は、田村耕太郎氏の著書『地政学が最強の教養である』(SBクリエイティブ、2023年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などはすべて出版当時のものです。
最初に「地政学が最強の教養である理由」を紹介していこう。結論からお伝えすると、理由は以下の4つである。
- 【最強な理由1】世界情勢の解像度が上がる
- 【最強な理由2】長期未来予測の頼もしいツールになる
- 【最強な理由3】“教養”が身につく
- 【最強な理由4】視座が変わる・相手の立場に立てる
【最強な理由1】世界情勢の解像度が上がる
地政学を学ぶと国際ニュースの解像度が上がる
ウクライナ戦争の行方、米国中間選挙後のバイデン大統領の指導力、第20回中国共産党大会を経ての習近平氏の国家運営、北朝鮮による弾道ミサイル発射、世界的インフレ、米中新冷戦、台湾有事など、SNSやテレビ、新聞で、世界のニュースを見ない日はない。
そもそもグローバルビジネスに関わっている人にとって世界情勢の理解を深めることは不可欠だ。一方で、自分はドメスティック産業に従事しているから世界のニュースは関係ないとはいかない。われわれが消費する食糧もエネルギーも海外に依存している。日本にはすでに200万人を超える外国人が暮らし、そして今後の人口減少から、介護や看護人材、IT人材の受け入れニーズは高まり、年間数十万人単位で外国人材を招かないと国が回らない時代となる。
さらに、コロナ中の水際対策が緩和され、日本には年間5000万人を超える海外からの旅行者がコンスタントに押し寄せる状況となる。大切な資産を外貨や外国資産で運用する人もさらに増えていくだろう。
継続的に海外情勢の解像度を上げていくことの重要性は、日本国内で何をしていても増すば
かりだ。世界的インフレの連鎖で、長くデフレが続いた我が国でもついに30年ぶりにインフレが起こり始め、給料は上がらない中で、我々日本人の豊かさを劣化させている。
米国や中国やウクライナやロシアという、世界のサプライチェーンや食糧生産や石油価格に大きな影響を与えうる国々が震源地であるのだ。そもそもの物価高に加え、食糧や飼料や資源を輸入に頼る我が国では、円安も国民の生活を直撃する。世界最大の経済大国米国で起こるインフレやそれへの対策としての金利引き締めが、円安を通じてわれわれの生活水準に打撃を与え続けている。
そして今後は我が国の隣国である、中国、台湾、朝鮮半島で地政学リスクが高まる。我が国の輸入品の多くは台湾近辺を通過して届くが、台湾近辺で何か起これば我が国は兵糧攻めにあうようなものだ。もし仮に台湾戦争となれば、台湾に近い先島諸島、米軍基地が集中する沖縄はじめ、本土でも直接の戦争被害が起こる可能性がある。
国際情勢を常にフォローするニーズは高まり続ける一方だ。ただ、垂れ流されるニュースをフォローするだけでは情報に振り回されるばかりだ。その背景にある本質を理解すれば、今後の展開への解像度が上がり、主体的に準備ができる。
地政学とは、価値判断をいったん横に置いて、科学的観察のアプローチで、地理的な条件に注目して、国の行動を予測する学問である。自然科学のように研究室で実験ができるものはなく、予測の難しいさまざまな人間の思いや周辺国の行動が介入してくる国家の外交的意思決定の動向を探るものなので、完璧な予測はできない。
しかし、各国の行動の一定の方向性を探るには有意義であると思う。地政学は国際情勢の変化の原動力に迫る学びなので、国際情勢の変化がビジネスや社会や経済に大きなインパクトを与え続けるこれからの時代に不可欠と私は考える。そして地政学は、ロールプレイングを通じて、実務的にリーダーシップを考えることでもあるので、ビジネスリーダーが学ぶことで得られる副次的効果も大きい。日本という島国を前提にロシアや中国や米国など他国のことを考えるのではなく、相手の地理的条件の中に自分を置いてリーダーとして国家を運営するロールプレイングをやってみるのだ。
地政学VS国際関係
ざっくり言えば、地政学は国際関係の背後にある中長期的な国の動きを読むアプローチと言っていい。それに対して、「国際関係論」や「国際関係分析」は短期の国同士の動きに注目するアプローチと言える。時のリーダーの性格やその人事やその時の経済情勢や世論や短期の国際政治情勢に左右されるのが国際関係論と言っていいだろう。
一方で地政学はそういうものも抱合するが、誰がリーダーであろうが、どんな政治情勢であろうが、地理的条件で運命的に起こってしまうような動きに特に注目するものだ。プーチン氏やバイデン氏や習近平氏でなくても、起こり得るような国の動きをより長期に分析していく研究である。
国際関係論にはリーダーやその分析者の価値判断が入りがちだが、地政学は人間の価値判断から離れて自然現象に近い形で国と国との関係を、再現性を求めるような形で、検討するものだと私は考える。ただ、経済学と同じで、実験室で実験ができない研究なので、その再現性には限度がある。そして化学反応や物理現象のように、国際関係の変化を時間軸で読むことは難しい。一定の方向性は探れても、そのことがいつ起こるかは予想できない。
「あなたがその国のトップだったらどう考えるか?」が地政学の本質
地政学とは、「その国の元首になる“ロールプレイングゲーム”」と私は考える。さまざまな国際情勢に関するニュースを他人事のように消費して、それに振り回されることから脱するために地政学を学ぶのだ。もっと主体的に、自らがその国のリーダーであったら、とその国の置かれた状況に自らを置いて考えてみる訓練である。
この訓練を繰り返すことによって、ニュースの解像度が上がるだけでなく、あなたのリーダーとしての資質も磨かれていくことになる。
「地政学を学ぶ」ことはいわば「トップの思考法」をあなたの頭の中にたたき込むことである。
私が説く地政学分析には、ある思考のフレームが含まれる。これは国家リーダー向けだが経営者にも応用できる部分も多い。フレームワークに情報を入れて、相手の立場に立つ訓練をこの本で積み重ねてほしい。
「あなたがプーチン氏だったら、北方領土の領有権をどう考えるか?」「あなたが習近平氏だったら、台湾への対応をどう考えるか?」「あなたがバイデン大統領だったら、今後のウクライナ戦争や台湾有事への対応をどう考えるか?」。そのためには相手の環境に身を置いて、その上で相手の行きつくであろう考えを予測し、それらへの対応を準備することこそが「地政学の本質」なのである。
例えば、もし自分が、領土は日本の国土の45倍の広さだが、その6割が永久凍土で8割に人が住んでいない大国で、国の中に190近い少数民族を抱えるリーダーであったら、どんな風に世界が見えるか、というロールプレイングである。
【最強な理由2】長期未来予測の頼もしいツールになる
「世界一の投資家レイ・ダリオ 」は地政学で未来を読む
「世界一の投資家」というとあなたは誰を思い浮かべるだろうか。ウォーレン・バフェット氏だろうか。ジム・ロジャーズ氏だろうか。それともジョージ・ソロス氏だろうか。運用対象の多様性と長期にわたる実績で言えば、彼らに勝るとも劣らない影響力を持つ投資家は「レイ・ダリオ氏」だと言われている。
レイ・ダリオ氏は、世界最大の資産運用会社「ブリッジウォーター・アソシエイツ」の創業者でヘッジファンド・マネジャーである。図表2は世界のヘッジファンド運用資産残高ラキングだが、ブリッジウォーターは第1位。ちなみに、図表を見ると分かる通り、世界のトップ10のうち8社は米国のヘッジファンドで、世界の投資資金が集まっていることが分かる。そんな米国内2位(世界3位)のルネッサンス・テクノロジーズに対してでさえも、2倍近い運用資産残高を誇っているのがブリッジウォーターだ。そんな世界一のヘッジファンドを率いているのがレイ・ダリオ氏であり、「ヘッジファンドの帝王」という異名を持っている。
同氏を語る上で欠かせないのが、これまで数々の金融危機を事前に予言し、的中させてきた点だ。1つ目は、1987年10月に起きた「ブラックマンデー」。株式市場の異常なバブルを事前に察知し、株価暴落を予想。株式を空売りすることで、逆に多くの利益を上げ、当時ブリッジウォーターは「10月の英雄」と呼ばれたほどだった。
次に注目を集めたのが、2008年のリーマンショックも予言し、的中させたことだ。レイ・ダリオ氏は、金融危機が起こる前の2007年の段階から、顧客や米財務省に対して警鐘を鳴らしていた。その後、2008年9月にリーマンブラザーズが破綻し、金融危機は現実のものとなったが、事前に予測していたレイ・ダリオ氏は、2008年のヘッジファンド全体平均利回りが「マイナス20%」と過去最悪のパフォーマンスに落ち込んだのに対して、逆に旗艦ファンドで約12%の利回りを確保し、世間を驚かせた。
また、同じく2010年の欧州債務危機についても市場の危機をいち早く予見し、多くのヘッジファンドがマイナス利回りを出す中で、同社主力商品である「PureAlphaファンド」は2010年には45%、2011年には23%と驚異的なパフォーマンスをたたき出した。
このように、どんな市場環境にあっても、安定的な投資成果を出すことから、米国政府、世界中の投資銀行やビジネス界のトップが、今後の方針を決める際にレイ・ダリオ氏の意見を取り入れているし、彼の発言一つで市場が動くこともあるほどに大きな影響力を持っている。
そんな未来を次々に的中させてきたレイ・ダリオ氏。彼はミルケン会議の常連のため、私は、数々のセッションを目前で拝見しているが、実は彼が未来を予測する際に最も重視しているものがある。それが「地政学」である。それはなぜか。次の項目で明らかにしたい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
オリエンタルランド、株価「4割下落」──夢の国に何が?
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドの株価が、この1年で約4割下落した。背景には何があるのか。最新の決算データを基に、業績動向や市場の評価を確認する。
パナソニック、時価総額4000億円増 「解散」発表したのに株価上昇、なぜ?
パナソニックホールディングス(HD)が2025年度中に事業会社「パナソニック株式会社」を解散し、複数の会社に分割する方針を発表した。一部ではこれを経営不振による解散ではないかと見る向きもあるが、株価は報道以来11%プラスとなり、時価総額は4000億円も増加した。どういうことなのか。
ルンバ“没落”──株価は20分の1に iRobotに残された唯一のチャンスは?
ロボット掃除機「ルンバ」は、当時の家電市場に革命をもたらした。開発・販売を手がけるiRobotは2021年に株価は史上最高値を更新したが、なんと現在の株価は約20分の1。同社とロボット掃除機市場に何が起きたのか。苦境の中、起死回生の一手はあるのか。
“時代の寵児”から転落──ワークマンとスノーピークは、なぜ今になって絶不調なのか
日経平均株価が史上最高値の更新を目前に控える中、ここ数年で注目を浴びた企業の不調が目立つようになっている。数年前は絶好調だったワークマンとスノーピークが、不調に転じてしまったのはなぜなのか。
孫正義氏の「人生の汚点」 WeWorkに100億ドル投資の「判断ミス」はなぜ起きたか
世界各地でシェアオフィスを提供するWeWork。ソフトバンクグループの孫正義氏は計100億ドルほどを投じたが、相次ぐ不祥事と無謀なビジネスモデルによって、同社の経営は風前のともしび状態だ。孫氏自身も「人生の汚点」と語る判断ミスはなぜ起きたのか。
農林中金が「外国債券を“今”損切りする」理由 1.5兆円の巨額赤字を抱えてまで、なぜ?
農林中央金庫は、2024年度中に含み損のある外国債券を約10兆円分、売却すると明らかにした。債券を満期まで保有すれば損失は回避できるのに、なぜ今売却するのか。
ブックオフ、まさかの「V字回復」 本はどんどん売れなくなっているのに、なぜ?
ブックオフは2000年代前半は積極出店によって大きな成長が続いたものの、10年代に入って以降はメルカリなどオンラインでのリユース事業が成長した影響を受け、業績は停滞していました。しかしながら、10年代の後半から、業績は再び成長を見せ始めています。古書を含む本はどんどん売れなくなっているのに、なぜ再成長しているのでしょうか。
