週休3日やテレワークの見直し……「働き方改革」への懐疑論が広がるワケ:働き方の見取り図(2/2 ページ)
欧米に限らず、日本でもテレワークをやめて出社回帰する職場が少なくない。柔軟な働き方を推進してきた働き方改革の揺り戻し現象は、広がっていくのだろうか。
出社回帰に戻せても、働き手の価値観は元に戻せない
しかし、柔軟な働き方ばかり重視して肝心の業績が落ち込んでしまっては元も子もありません。業績が思わしくなくなれば、経営者としては、業績回復の手立てを打たなければなりません。
その手立ての一つが、柔軟な働き方をやめて、もとの硬直的な働き方に戻すことです。
かつて硬直的な働き方で業績を上げてきたと成功体験を職場側が持っていると、業績が上がらない原因は柔軟な働き方にあると仮説立てしても致し方ないように思います。特にテレワークは、コロナ禍前まではほとんど見られなかった働き方です。業績が思わしくなくなれば、出社回帰を要請するという選択肢が浮かび上がってくるのは不思議でも何でもありません。
働き方改革自体も、積極的に推進されるようになったのは、まだここ数年のことです。業績向上を最優先で判断した場合、「長きに渡ってうまく機能してきた働き方を改める必要はない」と、働き方改革に対して懐疑的な立場をとる職場はこれからも増えていく可能性があります。ましてや業績が思わしくない中で週休3日制など、もってのほかとなりそうです。
こうした働き方改革推進派と懐疑派の隔たりは、人材確保と業績向上のどちらを優先するかという考え方の対立と言い換えることもできます。ただ、これらは鶏と卵の関係です。どれだけ人材確保に注力しても業績が上がらなければ事業は存続できません。
一方で、いくら業績を上げようと頑張っても必要な人材を確保できなければ不可能です。それでも人材確保と業績向上のどちらかを選択するとなれば、目先の業績向上をとる職場は少なくないのだろうと思います。
週休2日制に戻したり、テレワークを禁止して長時間労働を求めたりすれば、少なくともこれまでと同様の水準で業績を上げられるかもしれません。しかし、柔軟な働き方を一度経験した働き手には、ストレスが溜まり続けることになります。一度変化した働き手たちの価値観や志向は、元には戻らないからです。
長時間労働が当たり前だった時代には、「業績を上げるためにたくさん残業しろ!」という指示にも、職場内に暗黙の了解が得やすい雰囲気がありました。しかし、働き方改革の必要性が広く認識されるようになった現在は、長時間労働を求める職場に働き手からも社会からも疑問の目が向けられるようになっています。
さらに象徴的な変化は、テレワークをめぐる認識です。かつて出社一択だった時代とは異なり、いまは職場が働き手に出社要請する際に理由が必要となりました。コロナ禍前であれば、「当社は出社勤務が原則です」などと説明すると却って変に思われたはずです。
これら働き手側の認識変化を踏まえると、働き方改革の揺り戻しが起きた職場では、これまでなら感じることのなかったはずのストレスが蓄積されていくことになるでしょう。
働き方改革やコロナ禍を通じた経験は、働き手の内面にある価値観や志向にこれまでの常識を覆すレベルで歴史的な変化をもたらしました。もはや、硬直的な過去の働き方に戻すだけでは、働き手が心から納得し満足する働き方は実現できなくなっています。
本来、人材確保と業績向上は対立するものではなく、連動し合う関係です。優秀な人材を確保することで業績が向上し、業績が向上することで優秀な人材が集まるという好循環が生まれます。事業存続のために職場が取り組まなければならないのは、働き方改革か業績向上かの二者択一ではなく、その両立です。とても難しい挑戦に違いありませんが、実現できた職場だけが近未来において勝ち組と呼ばれるようになるのではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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