なぜ、都会に大きな公園? 街の「体験価値」を上げる”関係性の仕掛け”:グッドパッチとUXの話をしようか
大阪駅前の「うめきた公園」など、都会に大きな公園をつくる動きがよくみられます。なぜなのか? 「街の体験価値」をキーワードに読み解いていきましょう。
連載:グッドパッチとUXの話をしようか
「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。
東京・銀座の街を囲むように走る首都高速道路「KK線」。そのKK線を2025年4月に廃止し、跡地を「高架を生かした空中公園」に――という計画が発表されています。都会のど真ん中、銀座のビル群の間に広がる空中公園。これは注目を集めるスポットになりそうです。
都会の公園といえば、2024年には大阪駅前に「うめきた公園」が誕生。新しい商業施設やオフィスビル、ホテルなどが建ちそうな場所にできた広大な芝生広場という意外性が話題を呼び、都会の超一等地で自然を感じられる新たな憩(いこ)いの場として、たくさんの人で賑(にぎ)わっているようです。
代々木公園など「都会のオアシス」と呼ばれる公園は以前からありました。しかし都市の中心に無料で遊べる公園と聞くと、経済効果が弱そうにも思えます。しかし、なぜ増えてきているのでしょうか。公園を含め、最近の「再開発」の様子をみると、「街づくり」の方向性がひと昔前と変わってきていていることが分かります。
今回は、その「街づくり」にユーザー体験の観点から迫っていきます。
年間800万人来場 マンハッタンの価値を向上させた「空中公園」
大都会の公園といえば、米国のニューヨークにその先行事例があります。マンハッタンにある、全長2キロを超える線形の公園「ハイライン」。かつて貨物鉄道として使われていた高架部分を再利用して2009年に開業しました。ハイラインは緑豊かな遊歩道で、ベンチやデッキチェアなども随所に設置されています。来訪者数はなんと年間800万人以上。驚きの数字です。
さらに注目すべきは、ハイラインが整備されたことでエリア価値が向上したことです。近隣には高級ホテルや美術館もオープンするなど、20億円以上の民間投資が呼び込まれました(参照:馬場正尊、飯石藍、菊地マリエ著『公共R不動産のプロジェクトスタディ』学芸出版社)。
国内の似た事例としては、池袋駅徒歩5分にある「南池袋公園」が挙げられるでしょう。
南池袋公園周辺は繁華街が近いこともあり、あまり治安が良くないエリアと言われていました。しかし2016年のリニューアルを期に、広大な芝生広場やおしゃれなカフェが設置され、たくさんの家族連れで賑わうように。筆者も先日週末に訪れたところ、本を読む人、ベンチに座って缶ビールで乾杯する人など、実に多様な人たちが穏やかに過ごしている様子が印象的でした。
一人一人が心地の良い時間を過ごし、その集合体として「穏やかな賑わい」が生まれ、公園だけでなく街の印象も良くなる。市民のために整備されるものであり、エリア価値の向上も見込まれるからこそ、都会の公園は整備されている。これはまさしく都会の再開発、街づくりのトレンドといえるでしょう。
環境は人の行動に影響する 公園だからやれることがある
都会の真ん中には、たいてい「何かしらの用事」のために行くものです。乗換案内で時間を調べては、提示されたルートで目的地へたどり着く。ゆっくりするにも、カフェを探して、席を確保して、モバイルオーダー。効率はいいけれど、そこに「余白」が入り込む隙はそんなにありません。
けれど人の行動は、環境からの影響を大きく受けるもの。ハイラインや南池袋公園などの場合は、「公園」の出現によって「ゆっくりする」という体験が表出化された、という構図があります。
こうした構図は「日常と非日常の狭間」といえるのかもしれません。たとえ散歩や読書、コーヒーを飲むといったありふれた行為だとしても、環境が変われば新鮮な体験になる。こうした日常と非日常の狭間にある体験は、大変魅力的なものです。
「タイパ」「コスパ」と急かされるような日々ではありますが、人は環境次第である意味「非合理的な選択」もできてしまう。それは「用事を済ませたらすぐに帰る」にならず、滞在時間が延び、賑わいの創出につながります。それ自体が街にとっては価値のあることですし、人々が周辺施設を訪れたり、何かを買ったりするチャンスにもなるわけです。
これからの街づくりの役割は「あらゆるものを揃(そろ)える」ではなく「余白を楽しめる環境の提供」といえるのかもしれません。ビジネスの観点で考えると、それが儲(もう)けにつながるのであれば、まさに「儲け物」です。
街は「イメージの相互作用」で作られる
賑わいの創出は、街の価値を高める上で極めて大事なこと。人の行動に影響を与える「環境」は、決して「公園」や「商業施設」といった施設・設備に限りません。
公園を思い浮かべる時、どんなイメージをしますか? ある人は若者が芝生で会話しているさま、またある人は親子連れがピクニックをしているさまを思い浮かべるでしょうか。人それぞれではありながらも、どこか穏やかで微笑ましい光景を浮かべるはずです。これは空想で作り上げたイメージではなく、実際にあるどこかの公園や、そこで過ごす人たちの姿を受けて、私たちが抱くものです。
1968年に出版された、ケヴィン リンチ『都市のイメージ』(岩波書店)という、都市デザインの古典的名著と言われている書籍があります。その中でも、環境のイメージを「観察者と環境との間に行われる相互作用の産物」と述べられています。
どれだけ素敵なロケーションだとしても、そこに公園があるだけでは「ちょっとゆっくりしていこうか」とはなりづらい。実際にそこで過ごす人たちの姿を見ることにより「あっ、なんかいいかも」というイメージが自分の中に形成され、その結果として「ちょっとゆっくりしていこうか」と思うことができる。
そして、そんな自分もまた環境に組み込まれ、誰かの「あっ、なんかいいかも」を引き起こす。そんな自分と他者、イメージと行動といった相互作用が生まれているのです。
これは公園に限らず、オープンテラスのあるお店にも通ずる話です。テラス席で食事をする当事者にとっては「風にあたりながらの食事は気持ちがいいな」という体験だとしても、「誰か」にとってはその光景がイメージになる。つまりは誰かの行動を誘発しているのです。
すなわち、街というのは建物やテナントだけで決まるものではなく、そこにいる人たちによって認識されていくのです。言ってしまえば、みんなで1つの演目を演じているようなもの。観察者であり主人公でもある。人が風景を、街を作っていくのです。
歩きたくなる街にするために、ルールやガイドラインも必要になる
街は「イメージの相互作用」で作られる。ということは、街づくりをする側の視点でいうと「その街にどんなイメージを持ってほしいのか」を考え、適切に環境に反映していくことが肝心です。
街づくりのプロフェッショナルである、大手デベロッパーの取り組みをみてみましょう。東京の大手町・丸の内・有楽町を結ぶ「仲通り」。車道も歩道も石舗装で統一、車道の幅を狭めて広い歩道を確保、そして大きなガラス張りの建物1階には有名ブランドの店舗。なんならレンガ造りの美術館まで……。
この一帯を主に開発してきたのは三菱地所です。しっかりと世界観を定めて開発してきたからこその環境であり、だからこそオフィス街でありながらも土日も賑わいを見せている。これが一般的なアスファルトの道路だったら? 入居するテナントに統一感がなければ? きっとこうはなっていないでしょう。
2019年に国土交通省が発表した提言「『居心地が良く歩きたくなるまちなか』からはじまる都市の再生」(PDF)では、以下4点のキーワードが提示されています。
広く確保された歩道も、大きなガラス張りの1階店舗も、随所に広がるオープンテラスも、まさに「仲通り」のことを言っているかのような内容です。たまたま「おしゃれなテナントを誘致できたから」そうなったのではなく、意思を持って整備した結果だといえるでしょう。
これは決して都会に限った話ではありません。岩手県紫波町(しわちょう)の都市開発事業「オガールプロジェクト」もその一つ。図書館や子育て応援センターを中心に据え、周辺には産直マルシェやカフェなどを備えているほか、ホテルやバレーボール専用体育館、バーベキューなどを楽しめる広場から成っており、町民のみならず今や年間約100万人が訪れ、視察が絶えない街となっているそうです。
ここでは、快適な空間を実現するための「デザインガイドライン」が策定されています。「緑の大通り」「住宅地」「外周」という3つのゾーンごとに建築物やランドスケープ(風景)のガイドラインが定められ、「1階部分のアーケードの幅は、建物の壁面線から4メートル以上確保すること」のように、かなり細かく指定されているのが印象的です。
このガイドライン策定には、公園や街並みなどの屋外空間の専門家であるランドスケープデザイナーが関わっています。開発初期から、その道の専門家を巻き込んだからこそ成し得た、地方創生の成功例といえるでしょう。
どんな建物を作り、どんなテナントに入ってもらうかといった話の前に、その土台としてのルールやガイドラインを整備することが「街づくり」においても、極めて重要なのです。
街づくりは「関係性」をデザインすること
本来「街づくり」という概念が示す領域は広く、行政や大手デベロッパーだけが取り組むものではありません。個々人や商店が自発的に仕掛けていく、そんな動きが連続してこそ、本当の意味で街は豊かになっていきます。
新宿から電車で10分弱の杉並区・高円寺には、土日には約1000人が訪れる人気銭湯「小杉湯」があり、その隣にはコワーキングを始めとしたシェアスペース「小杉湯となり」があります。なんとこのシェアスペース、小杉湯のオフィシャルな施設ではなく小杉湯の常連さんが自発的に始めたものなのだそう。
こんなことが起きるのは、まずはひとえに小杉湯という銭湯が魅力的だから。そして商店街が賑わっていて、どこか人情的な雰囲気を感じさせる高円寺という地域があり、そんな街に愛着を持つ人が集まっているから。このような土壌があってこそ「常連さんが施設を作る」というハートフルな事象が発生するのです。
街、店、人、これらが有機的に影響し合う。これこそが街なのでしょう。もちろん、このような関係性は長年の積み重ねで育まれるものではありますが、その1歩目として公園などの「みんなが集う、開かれた場所」は重要な存在です。
環境によって人の行動は変わり、その行動によって、また誰かの行動が変わり、それが環境をも変えていく。これはつまり「人と人」「人と環境」といった「関係性」をデザインしていることといえます。
今回は「公園」や「街」といった切り口で考えてきましたが、「関係性」という概念はきっとどんなサービスにも当てはまるものです。1人で完結する、人だけで完結するサービスはなくて、環境も含めて俯瞰(ふかん)してみると、そこには何かしらの相互作用が生まれているものです。サービスの開発や運用に携わる際には、そんな視点でユーザー体験を考えてみるのも面白いかもしれません。
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