初任給30万円時代、素直に喜べない「3つの落とし穴」とは:働き方の見取り図(2/2 ページ)
初任給30万円時代の到来は、採用したい会社と好条件の内定を獲得したい学生の思惑が一致するだけに望ましく思われる。一方で、本当に手放しに喜べるものなのだろうか。
「初任給30万円の落とし穴」よりも注意すべきこと
たとえこれらの落とし穴があったとしても、初任給30万円のメリットを感じられる場合もあります。
例えば、ボーナスが減って年収は変わらないとしても、給与月額が高くなることで確実に受け取れる賃金は増えたことになります。入社初年度の業績が芳しくなかった場合、ボーナスを減らされたり、不支給になることもあり得るからです。
また、賃金カーブの高さが萎んで生涯年収は変わらなかったとしても、早めに転職することを想定している人にとっては好都合かもしれません。
前出のシミュレーショングラフを見ると、34歳までの給与月額は初任給30万円の方が平均額を上回っています。この間に転職すれば、先輩世代が同じ期間に得た収入総額よりも多く受け取ったことになります。初任給が大きく引き上げられたからといって、メリットばかりともデメリットばかりとも言えません。
ただ、ここまで見てきたのは収入面に限った話です。社会に出た後に職場から得られる価値は、それだけではありません。
新卒一括採用は日本的雇用システムの特徴だと言われますが、その最大のメリットの一つは、未経験者を職場が受け入れて一人前のビジネスパーソンに育て上げることです。初任給が希望に比べて高くはなかったとしても、職場では実際の仕事をこなしながら、さまざまな経験を積むことができます。そこで得られた実務経験や業務スキル、成果、人脈などは自身の市場価値となり、外部労働市場での評価を高める武器となります。
一方で、多くの会社は終身雇用や年功賃金の慣習を打破する方向へと舵をきっています。ジョブ型などと称される、職務限定型の正社員制度を導入する会社が増えているのも、年齢より実力ありきで社員を評価したいという意思の表れです。
世の中は、いま目まぐるしい変化の時代を迎えています。社会に出た後の未来を見据えた時、目先の初任給の高低に目を奪われ過ぎてしまうのは必ずしも得策ではないように思います。初任給とは、社会人生活のほんの入り口で受けとる賃金の額でしかありません。
仕事で成果を出して昇進すれば、賃金カーブを超えて多くの収入を得られるようになるものです。初任給という目先の数字にとらわれすぎて、外部労働市場での評価を視野に入れず、自らの市場価値を高める姿勢が抜け落ちてしまえば、いま所属する会社からの評価も高められません。それこそが最も注意すべき落とし穴ではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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