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「教育のデジタル化」を阻むものは? 「紙に回帰」議論が見落とす、日本と北欧の違い日本のデジタル教育を止めるな

OECD(経済協力開発機構)教育スキル局就学前学校教育課(PISA担当)の担当者にインタビュー。教育のデジタル化を巡る国際的な動向、デジタルと学力との関連性について掘り下げた。

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 スウェーデンなどで学力低下を背景に教育のアナログ回帰が進むことを取りあげ、日本国内のデジタル化の課題を指摘する報道が増加している。しかし、これらの報道には、いくつかの疑問点が残る。

  1. 世界的にも、教育のアナログ回帰が進んでいるのか?
  2. 教育のデジタル化と学力の関連性について、データは何を示しているのか?
  3. 日本の教育のデジタル化は、国際的にどのような評価を受けているか?
  4. 今後の世界の教育デジタル化は、どのように進んでいくのか?

 これらの教育のデジタル化を巡る議論を深めるためには、客観的なエビデンスに基づく議論が不可欠だ。OECD(経済協力開発機構)は、国際的な教育政策に中立的な立場から調査を行い、データを提供する。

 今回は、OECD教育スキル局就学前学校教育課(PISA担当)の小原ベルファリゆり氏へのインタビューを実施。インタビューの前編では、教育のデジタル化を巡る国際的な動向、デジタルと学力との関連性について掘り下げていく。

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OECD教育スキル局就学前学校教育課(PISA担当)の小原ベルファリゆり氏

「教育のアナログ回帰」 世界的に進んでいるのか?

――早速ですが、教育のアナログ回帰は、世界的な潮流なのでしょうか?

 確かに、教育現場におけるアナログ回帰の議論は、スウェーデンやノルウェーなど、一部の国で見られるものの、世界的な主流とは言えません。OECDのデータによれば、多くの国はデジタル化の流れに乗っています。デジタルによる教育機会の拡大と、デジタル化に伴うリスク管理のバランスを取る方向に進んでいます。なお、OECDは、ICTツールだけでなく、より広い意味でのデジタル化を捉えています。

――OECDは教育のデジタル化について、どのような立場を取っていますか?

 OECDはデジタルかアナログかの二元論ではなく、バランスの取れたアプローチを重視しています。デジタルスキルが不可欠となる現代において、デジタル学習の機会を最大限に活用しつつ、学習への悪影響や健康への負担を避けるため、質の高い教材と学習環境を整備し、リスク管理をすることが重要である、というのがOECDの基本的な考え方です。

――教育のデジタル化におけるリスク管理とは、具体的にどのようなことでしょうか?

 まず重要なのは、教員のデジタルスキルです。教員がデジタル技術を効果的に指導に活用できるよう、継続的な研修制度の整備が不可欠です。

 合わせて、適切なガイドラインの策定も重要です。地域や学校ごとに、デジタル教材などの適切な利用方法を定め、教員に指針を示す必要があります。その際、一方的に現場へ押し付けるのではなく、策定プロセスに教員を積極的に参加させ、現場の意見を取り入れることが効果的です。

 デジタル技術やAIが教育現場に導入されても、教員の役割は依然として重要です。例えば、ICT端末の学校での学習の利用時間が1日7時間以上と過剰な生徒は、数学の成績が他の生徒に比べて低い傾向が見られます。この背景には、デジタル教材に頼りすぎて教員が学習に十分に関与できていないことや、質の低いコンテンツを選んでいること、また過剰なデバイスの利用によって生徒の学習環境が妨げられるなどが考えられます。デジタルに限らず、学習効果を高めるためには、教員が明確な目標意識を持つことが重要です。そのような教員は、デジタル技術が導入されても、目標達成のために最適な学習方法やコンテンツを選定できるでしょう。

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教員がデジタル技術を効果的に指導に活用できるよう、研修制度の整備が不可欠だという(写真提供:ゲッティイメージズ)

教育のデジタル化と学力の関連性について、データはどう示すか?

――「デジタルによって学力が下がる」という主張については、どう見ていますか?

 2018年のPISA(学習到達度調査)では、紙媒体の教科書を使用する生徒が多い国ほど読解力のスコアが高い傾向が見られました。この結果を受けて、「デジタル教科書は良くないから、アナログ教科書に戻すべきだ」という議論が一部で起こりました。ただし、教科書の種類と読解力の因果関係は複雑です。例えば、生徒の読書習慣も、考慮する必要があります。普段から長文を読む習慣がある生徒は、デジタル媒体でも読解力が高い傾向があります。

 また、PISAでは生徒のナビゲートパターン(情報探索能力)も分析しました。この問題では、いろいろなWebサイトを見比べながら、問題解決に有用な情報を探すというデジタル読解力を測っています。日本を含む東アジア諸国はデジタル化の進展度が北欧よりも低いにもかかわらず、積極的に情報源をナビゲートする傾向が見られました。

 これらの結果から、読解力や問題解決における情報活用能力が学力に大きく影響することが分かります。デジタルと学力を単純に関連付けることはできません。学力低下の要因は非常に複雑で、何か一つの原因だと特定することは困難です。各国が抱える固有の事情によって、学力に影響を与える要因は大きく異なります。

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読書の媒体と読解力の点数(出典:PISA2018 21st-Century Readers: Developing literacy skills in a digital world, Figure 4.13)
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学習のために読むページ数別の読解力の点数(出典:PISA2018 21st-Century Readers: Developing literacy skills in a digital world, Figure 6.6)

――では、なぜ、スウェーデンでアナログ回帰の動きが出てきたのでしょうか?

 欧州では、PISAの点数は2000年以降、下降傾向の国が多いです。生徒の学力低下が懸念される中、デジタルに限らず、「基礎に戻ろう」という政治的な議論が一部で出ています。その結果、スウェーデンなど一部の国では、内容、教え方を含めて、基礎的な数学や読解力に重点を置くべきだという方向に動いています。

――スウェーデンの動きを日本のメディアが取り上げることについては、どうお考えですか?

 日本とスウェーデンは置かれた状況が異なります。まず、日本はコロナ禍を経ても、成績が低下しなかった数少ない国の一つです。コロナ禍でも学習を継続した強靭な教育制度を持つ国として、国際的にも評価されました。日本は長期的に見ても、安定的に高得点を維持し、点数が下降傾向にあるスウェーデンとは異なります。

 また、アナログ回帰を検討する際には、各国のデジタル化の進展度を比較する必要があります。スウェーデンなど北欧諸国は、学校でのICT端末の使用時間が国際的にも長い一方、日本は最も使用時間が短い国のひとつです。北欧諸国では、既にデジタルデバイスの使用時間が長いことを考慮し、現状を見直す議論が行われています。

 さらに、北欧諸国では、OECD平均を上回る3割以上の生徒が、学校でICT端末によって学習が妨げられることがあると回答しています。これに対し、日本は1割を下回り、対象国の中でも最も低い結果となりました。これは、必要な時にデバイスを使用し、不要な時は使用しないという、規律あるデバイス管理が実現できていることを示唆します。

 これらのデータが示すように、スウェーデンと単純に比較し、日本でアナログ回帰を主張するのは、現状にそぐわないでしょう。

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1日あたりの学校でのICT端末の利用時間(出典:PISA2022Results (Volume II) Figure II.5.15)

大切なのはメリットを最大限引き出すこと

 以上がインタビュー内容だ。 

 社会全体のデジタル化が進む現代で、教育もそれに合わせてデジタル化が進む。重要なのは、そのリスクを冷静に認識し、適切に対処しながら、デジタルならではのメリットを最大限に引き出すことだ。続く後半では、日本の教育デジタル化の評価や、世界の教育の未来について考えていきたい。

著者情報:中村成希(なかむら・まさき)

1998年にMM総研に入社。

PCやサーバ、クラウド市場などの市場調査と分析を一貫して担当している。

近年はクラウド/SaaS/AI領域におけるIT企業の競争戦略や

企業のデジタルマーケティング戦略の助言も行う。

2022年4月から取締役。

51歳。千葉県出身

著者情報:正置彩花(まさき・あやか)

2022年MM総研入社、GIGAスクール構想をはじめ、小学校から大学までの教育ICT市場における調査・分析を主に担当。直近では、生徒による学校でのICT端末活用の評価や学習意欲への影響に関する調査を実施

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