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“紙と電話”で残業まみれ……高知の中小企業は「取引先を巻き込んだDX」でどう生まれ変わったか

私たちの食と密接しているにも関わらず、意外なほど私たちは青果市場のリアルを知らない。価格の高騰を防ぎ、従業員たちの業務負荷も下げる――ITツールの導入でそんな成果を出した高知・須崎青果の事例を紹介する。

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 始業直後の午前8時から昼休みに突入する正午過ぎまで、6人の営業チームで取引先に100件以上の架電をしなければならない──そんな様子を想像してみてほしい。

 本来外回りをする営業スタッフたちが、業務時間の半分をデスクに縛り付けられる。他の業務もこなす必要があるため、残業は月40時間以上という勤務状況が常態化する。

 これは2019年まで、高知県で青果市場を運営する須崎青果で実際に生じていた出来事だ。社員たちの業務負荷は常に高い状態だった。

 同社では、取引先の農家も巻き込んであるアプリの導入を進めたことで、架電業務に費やす時間が激減し、残業時間も半減。売り上げも向上し、従業員の賃上げにもつなげられたという。須崎青果の市川義人社長に、業務負荷改善の取り組みの全容や、中小企業がDXに取り組む際の要点について話を聞いた。

架電に1日の半分以上……取引先を巻き込み、どう変えていった?

 2024年12月下旬、キャベツの全国平均小売価格は平年の3.4倍、レタスは2.4倍、白菜や大根も2倍近くに高騰した。農家など生産者とスーパーなど消費者への小売業者の間で調整役を務める青果市場全体でも混乱が生じていた。

 市川社長は「気候変動などの影響を受け、野菜の出荷量は変化し、価格は上下します。予想できない不透明さが野菜の価格が暴騰する原因の一つとなっています」と解説する。

 「入荷量が分からなければ、スーパー側でも仕入れ数量が分からず、(消費者への)販売価格も決められず、特売などの企画を立てられません。価格が暴騰すればスーパーなどの買う側が困り、暴落すれば生産者が困ります。多くの青果市場は入荷量予測が不透明であることから、さまざまな課題を抱えています」(市川社長)

 須崎青果もその例外ではなかった。同社が須崎市内で取引登録をしている生産者は3000余り。そのうち700〜800の生産者とは、常時取引がある。

 「入荷量によって、検品のためにどれだけの人を手配するかなど考える必要がありますし、買う側にも数を知らせたいです。可能な限り正確な数量を知るために、営業スタッフが生産者に問い合わせをします。そのため始業直後から昼過ぎまでずっと電話をしているという事態が生じていたのです」(市川社長)

 須崎青果の勤務時間は午前8時から午後5時だ。そのうち半分以上を架電に費やせば、当然他の業務にしわ寄せがくる。結果として、残業時間は毎月40時間以上となり、営業スタッフに高い負荷のかかる状態が続いていたのだ。

 「電話をかけることについて最初のうちは“しんどい”という声も上がっていましたが、そのうち“これも仕事だ”と考えるようになったようです。経営としては、より生産性のある商談業務などに時間を使ってもらいたかったのですが、入荷量が分からないと買う側が困ります。それだけは避けたいという思いから、架電業務を続けてもらっていたのです」(市川社長)

架電業務がなくなった──アプリ導入の効果

 現場が抱える課題を解決したいと考えていた市川社長が、青果流通業界向け専門紙『農経新聞』で見つけたのが日本事務器の開発する「fudoloop」(フードループ)アプリだ。

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生産者が出荷予定料などを入力する画面(画像は日本事務器提供、以下同)

 fudoloopは、生産者である農家側で出荷予定情報やメッセージを入力し、それらデータを市場側で確認・整理・活用できるソリューションだ。データを集約するだけでなく蓄積するため、ある程度の入荷量予測も立てられる。

 もちろん、電話以外にもデータを送ってもらう手段は存在する。須崎青果でもLINEなどのビジネスチャットツールを使っていたが「もらった情報を集計する手間がありました。fudoloopなら自動的に集計できるので良いのではないかと思ったのです」と、市川社長は当時を振り返る。

 すぐに日本事務器に問い合わせ、fudoloopを導入する段取りを整えた。導入してからというもの、架電業務にかける時間が劇的に減った。「電話をかけて数を聞き、メモを取る。電話が終わったらそのメモを集計する。1件につき、5分から10分かかっていましたが、そもそも架電業務がなくなり、データを見るだけなので1件につき5秒程度まで作業が短縮されました」(市川社長)。

 それに伴い営業スタッフの残業時間も半減した。「fudoloopだけでなく、ペーパーレス化など業務効率につながるIT化を進めているので、それら全体で相乗効果をもたらした結果だと考えています」と市川社長は付け加えてから、同アプリが青果市場全体に与えるであろうインパクトについても触れた。

 「生産者側も、青果市場に出荷される全体量を把握できるので予実管理を行いやすく、安定した収入を得られるようになります。須崎青果と取引のある農家に限らず、日本中どの農家、生産者も、『価格が暴落しているときは販売したくない』という気持ちがあるものです。全体的な出荷量の予測が見えることで価格が常に安定していれば、そのような不安を抱かずに済むのではないでしょうか」(市川社長)

導入時の難関を“丁寧な説明”で突破する

 fudoloopアプリは、生産者側がデータを入力しないと機能しない。農作業をしながらアプリに入力するのは負担になるのではないだろうか。

 日本事務器 fudoloopチームの高松克彦氏は開発にあたり、何度も生産現場を訪れ、生産者の声に耳を傾けてきた。「手袋やハサミを持っている手、強い日差し、収穫作業中の時間に追われる状況を考慮しました」と言う。「テキストを入力するのは難しいので、選んで数字を入力するだけのUI、強い日差しの中でも見やすい紺色を基調としたアプリ画面、1〜2分で入力できるUXを実装しました」。

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生産者が入力しやすいUXを追求した

 生産者へのアプローチも、須崎青果とともに行った。「(同行すれば)農家さんが導入したくないという理由が分かり、プロダクトのアップデートにつながります」と高松氏。「『君たちの手間を省くために、自分たちが入力しないといけないのか』と言われたこともありますが、データを入力するだけで予測ができ、それによって価格の暴騰や暴落を抑え安定した収入につながることを丁寧に説明すると、大抵は理解を得られ、導入を了承していただけました」。

 当時のその様子を見ていた市川社長もこのように付け加えた。

 「さまざまなフィードハックを基に、よく練られたパンフレットを作って持ってきてくれたが、そのパンフレットだけでは農家さんたちは首を縦に振らなかったと思う。彼らの丁寧な説明が、生産者さんたちを導入しようという気持ちにさせたのではないでしょうか。このツールを入れることで、なぜ好循環が生まれるのかを論理立てて丁寧に説明することが、導入につなげる鍵でした」(市川社長)

データを制して業務効率化以上の波及効果を得る

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 fudoloopアプリを使い、生産者がデータを入力することで、須崎青果側としては「半自動的に」(市川社長)データが集まるようになった。営業スタッフは、fudoloopを確認するだけで入荷量を知ることができ、今後の予測も立てられるようになった。

 アプリ内で、データの入力だけでなくメッセージのやりとりもできる。そのため、架電していた頃よりコミュニケーション密度が上がったという。

 また、新規就農者から「須崎青果と取引したい」と言われることも増えたという。蓄積したデータを基に、面積に対してどれだけ作物を植えられるか、どれほどの収入を見込めるかといったアドバイスをしているためだ。予定していた売り上げに達していない場合は、営業が管理している収穫成績表やデータを参考に、足りない部分のアドバイスも実施している。

 「(農家の)経営には、どれだけのお金を稼いできたのか、これから稼げるのかを把握するための帳簿付けが必要です。須崎青果では農家専門の中小企業診断士とタッグを組み、セミナーを開催して説明しています。若い新規就農者が当社を選んでくれているのは、fudoloopアプリを導入していて予実管理に役立つからということに加え、きちんと農業をやったらこれだけの収入を得る未来があるということを論理立てて説明できたからではないでしょうか」(市川社長)

 高知県全体で自営農業従事者の平均年齢は64.4歳(2022年発表)だが、須崎青果と取引する人たちの平均年齢はそれよりも若い。だからこそ、アプリを使ってもらえたということもあるだろうが、メーカーが須崎青果の営業と伴走して、青果市場全体の課題へアプローチできるツールであることをていねいに説明したことも要因の一つとなっている。

 生産者は予実管理を正確に行えるようになり、買う側も予測を立てられるようになった。須崎青果では、架電時間や残業時間が減っただけでなく、次のような効果も見られたという。

 「営業が商談により多くの時間を割けるので、売り上げが上がりました。その結果、基本給を上げられるようになりました。さらに、働きやすいということで紹介採用も増えました。電話作業を減らしたいと考えて導入したのに、さまざまな波及効果を得られました」(市川社長)

 自社の課題を解決できた市川社長は次のステージを考えている。

 「農家は、意外なことに横のつながりが多くありません。上手に作物を育てる人に話を聞くということがリアルの場ではなかなかできないのです。Facebookのようなコミュニティーの場を作り、お互いに情報交換できるようになったら、皆で生産性を上げられるのではないかなと考えています」(市川社長)

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