マネーフォワードはなぜ、苦労して「銀行を作る」のか CSOが語る“野心的な未来図”(2/2 ページ)
なぜSaaSの雄が、わざわざ銀行を“作る”のか? マネーフォワードがSMFG、三井住友銀行と組んで新銀行設立に乗り出した。企業向けクラウドサービスで成長してきた同社が、規制の厳しい銀行業に踏み込む本当の狙いは何か。40万社を超える顧客基盤を持つ同社が描く、野心的な未来図とは──。
SMFGとの戦略的提携の意義
ではなぜ今このタイミングで、しかもSMFGと組んでデジタルバンク設立に踏み切ったのか。
タイミングについては、複数の要因が重なっている。まず、マネーフォワードの顧客基盤が40万社を超え、金融サービスを展開するための十分な規模に達した点だ。マネーフォワードは過去に「マネーフォワードファイン」で貸金業に挑戦した経験がある。しかし当時はユーザー数が不足し固定費を回収するだけのビジネスにならなかった。「1件当たりの収益が薄い金融ビジネスは、規模がないとサービス提供が難しい」と山田氏は説明する。
第二に競争環境の変化がある。SaaSの機能はどうしても似通ってコモディティ化する中で、「顧客に新しい価値を提供するには金融サービスが必要」(山田氏)との認識があるという。銀行機能の統合は、競合他社との差別化戦略としての側面も持つ。
SMFGを連携先として選定した理由については「互いのニーズが一致した」と山田氏は説明する。SMFGにとっても、個人向け金融サービス「Olive」で得た成功体験を法人分野に拡大する戦略と合致したと見られる。
SMFGがほぼ同時期に発表した法人向けデジタル総合金融サービス「Trunk」との住み分けについてはどうか。Trunkが銀行にさまざまな機能を付加するプラットフォームであるのに対し、マネーフォワードが目指すのは「SaaSに銀行機能を埋め込む」(山田氏)という方向性だという。
また、マネーフォワードが2023年に発表した「企業向け送金プラットフォーム」との関係について、山田執行役員は「全く別物」だと明言する。送金プラットフォームは「2025年の秋頃にはリリースできる」段階まで進んでおり、APIを使ってSaaSから送金を可能にするものだが、デジタルバンクほどの機能は有していない。
今後の課題と業界への影響
構想の概要が明らかになった一方で、具体的な実施計画については不透明な部分が多い。現時点では、準備会社の設立から始まり、関係当局の許認可を前提に新銀行の設立を目指すという基本方針しか公表されていない。一般的に銀行免許取得には2年程度かかるとされており、実際のサービス開始までにはさらに時間を要する見通しだ。
サービス内容の詳細も今後の発表を待つ必要がある。銀行業務をどこまでSaaSに組み込むのか、サービス提供範囲や料金体系をどう設計するのかといった点は、準備会社で今後検討される予定だ。
発表によれば、新会社の議決権比率はマネーフォワードとSMFGがそれぞれ50%ずつとなり、両社の「持分法適用会社」として位置付けられる。個人向け金融サービス「Olive」で実績を上げたSMFGにとって、BaaSという新たなサービス領域への展開となる。一方マネーフォワードは、事業者向けに特化したデジタルバンクを通じてSaaSの価値を高めることを目指している。山田氏によれば、個人向け市場は当面視野に入れていないという。
こうした動きはSaaS業界全体にも波及効果をもたらす可能性がある。特にクラウド会計サービスで競合するフリーなど他社の対応が注目される。
「SaaSの機能はコモディティ化してきている」と山田氏。AI技術の進展によりソフトウェアの機能面での差異が縮小する中、銀行機能の統合は差別化の新たな軸となり得る。顧客基盤の拡大により十分な事業規模に達したマネーフォワードの取り組みは、SaaS業界における新たなビジネスモデルの可能性を示唆している。
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