ここがヘンだよ! 「非正規」に「ビジネスケアラー」……違和感だらけの雇用関連ワード5選:働き方の見取り図(2/2 ページ)
雇用に関わる分野でも名称が実態とずれ、ミスリードにつながりそうな違和感だらけのワードがいくつも見受けられる。今回は、そんな違和感のある雇用関連ワードを5つ紹介する。
「ビジネスケアラー」
ニッチな分野の事例として3つ目に挙げたいのは「ビジネスケアラー」(business carers)という言葉です。働きながら家族などを介護する人たちを指して使われますが、「ビジネス◯◯」という言葉は基本的に「働きながら」という意味で用いられることはありません。「ビジネスパーソン」や「ビジネスホテル」など、「ビジネスをする○○」や「ビジネス用の○○」といった具合に、仕事そのものと直接的に結びつく意味合いを持ちます。
そのため、ビジネスケアラーという名称から「ビジネスとしてお金を受けとって介護をする人」あるいは「ビジネスの世話をする人」といったイメージも連想されて、無意識に混同してしまいかねません。
ビジネスケアラーは「サラリーマン」や「ペーパードライバー」などと同じく和製英語です。キャッチーな造語を用いて問題提起することには一定の意義があると思いますが、学識者をはじめ違和感を訴える声は少なくありません。
本来の英語表記とされる「ワーキングケアラー(working carers)」であれば、そのまま働きながら介護する人という実態に即した意味になります。名称から連想されるイメージが曖昧(あいまい)だと、支援すべき対象の輪郭がぼやけるだけに、あえてビジネスケアラーという言葉を用いる必要性はないと感じます。
「障害者雇用代行ビジネス」
同じくニッチな分野ですが4つ目は、「障害者雇用代行ビジネス」という名称。典型例は、農園の場所貸です。法定雇用率を満たしたい会社が事業者と契約して農園を借り、農作業要員として障害者を雇用し、その採用から労務管理などを丸投げするようなビジネスを指します。
しかし、日本の法律で雇用そのものを代行することは違法です。農園を借りている会社は障害がある農作業要員を直接雇用しているため、実態としては雇用代行ではありません。それを障害者雇用代行と呼んでしまうと、あたかも違法行為をしているかのように感じられます。
ただ、本来目指さなければならないのは、障害の有無にかかわらず誰もが活躍することができるノーマライゼーションの実現です。サービスを利用する会社がお金を払う代わりに場所も管理も全て任せてしまうような丸投げが望ましいとは言えません。
障害者を本業と切り離した職場に押し込み、お金を払って法定雇用率を買うかのようなビジネススキームには問題があると感じます。一方で、障害者を雇用する会社側が相応の体制を整備して臨まなければ、障害者は働きづらく、会社もうまく職場運営できない懸念があります。
その点、農園やサテライトオフィスなどの就業場所を提供する点は似ていても、障害者のマネジメントやケアはサービスを利用する会社側がしっかりと行うことを前提に、専門的見地からアドバイスやノウハウなどを提供しているサービス事業者もあります。
会社側が農園などの場所を借りるだけの丸投げ型サービスについては、実態として雇用代行に近いと言えるかもしれません。しかし、障害者雇用に不慣れな会社にノウハウ提供してノーマライゼーションの実現をサポートしているサービス事業者については、「障害者雇用サポート事業」や「障害者雇用促進事業」など、他の適切な名称を用いて明確に切り分けなければ、一緒くたに禁止し過度な規制で縛ってしまうことになりかねません。
「キャリアブランク」
最後に挙げたいのが「キャリアブランク」という言葉です。専業主婦や仕事を一時的に離れた人に対して使われることが多いですが、ブランクとは空白の意味なので、あたかも何もしていなかった期間であるかのように印象づけられてしまいます。
しかし、家庭を運営することも社会的に重要な役割の一つです。家事や育児、PTA活動など家庭のオペレーションを通じて培われるコミュニケーション力、マネジメント力、コスト管理力などのソフトスキルは、どんな職場・職務でも生かせる非常に価値の高い能力です。
ブランクという言葉は実態を反映しておらず、人々の経験や培ってきた能力を軽んじ、無視しています。特定の職務に限ればブランクであったのだとしても、人生にはブランクなど存在しません。
学生にガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を確認するように、人事採用関係者の方が主婦・主夫層にイエチカ(家庭のオペレーションで力を入れたこと)を確認しないのは、とてももったいないことです。
以上の5つ以外にも、ミスリードにつながっていると感じる言葉はいくつもあります。名称は、単なる飾りではありません。時には、社会認識や法制度にまで影響を及ぼすほどの力を持っています。「名称なんて何でもいい」と軽視してしまうのは、ミスリードが発生するリスクを放置するに等しいとさえ言えるかもしれません。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「転勤NG」は当然の権利? 拒否することの代償とは
「転勤NG」の風潮が広まる中、転勤を拒むことのリスクについても冷静に考える必要がある。企業はなぜ、社員に転勤を命じるのか。社員にとって転勤は、どんな意味を持つのか。
週休3日やテレワークの見直し……「働き方改革」への懐疑論が広がるワケ
欧米に限らず、日本でもテレワークをやめて出社回帰する職場が少なくない。柔軟な働き方を推進してきた働き方改革の揺り戻し現象は、広がっていくのだろうか。
“奇跡の9連休”も業務対応……? なぜ「つながらない権利」は機能しないのか
日本でもつながらない権利を法制化すれば、“休日対応”を迫られる人々の悩みは解消されるか、というと、当然ながら問題はそう単純ではない。企業と働き手の双方にとってベストな「つながらない権利」の形とは――。
米アマゾン週5出勤の衝撃 出社回帰でテレワークはどこへ?
コロナ禍でテレワークが推進されたにもかかわらず、出社回帰の動きが鮮明となっている。日本生産性本部が発表したテレワーク実施率は、2024年7月時点で16.3%。2020年5月調査時の31.5%と比較すると半分程度の数字にとどまっている。半数近くが出社に回帰した状況を、どう受け止めればよいのか。
勢いづく出社回帰 テレワークは消えゆく運命なのか?
出社回帰する企業が増えている。日常の景色がコロナ前とほとんど見分けがつかなくなっている中、テレワークは消えていくのか。
