伊藤忠が「ビッグモーター買収」 衝撃ニュースの背景にあったこれだけの理由:Merkmal
100年に一度の変革期に揺れる自動車業界。その渦中で伊藤忠商事が約600億円でビッグモーター(現・WECARS)を買収した。電動化や新興国進出、AI活用による供給網改革まで、総合商社の次なる成長戦略を読み解く。
伊藤忠商事は、日本を代表する総合商社だ。その事業は繊維、食料、住生活、情報・金融、エネルギー・化学品、金属、機械など多岐にわたり、日本のモノづくりを世界に広める基盤を築いてきた。
そんな伊藤忠が2024年、企業再生ファンド「ジェイ・ウィル・パートナーズ」と共同で、中古車販売大手のビッグモーター(現:WECARS)を買収した。報道によれば、買収額は約600億円で、約250店舗と数千人の従業員を引き継ぎ、新会社として中古車販売・整備事業を再スタートさせている。
この戦略的な買収にはいくつかの理由がある。まず、ビッグモーターの全国規模の販売ネットワークが、伊藤忠にとって自動車関連ビジネスを急速に拡大し、市場でのプレゼンスを強化するために重要だ。さらに、ビッグモーターが長年培ったブランド力も、伊藤忠にとって大きな強みとなる。
また、今回の動きには環境問題への対応という自動車産業全体の大きな潮流も関わっている。中古車市場でも環境負荷低減は重要なテーマで、伊藤忠はWECARSを通じて、環境に配慮した持続可能な中古車ビジネスモデルの構築を目指している可能性がある。
本稿では、同社が自動車業界に本格的に参入する背景を、歴史的経緯、事業戦略、環境問題への意識という多角的な視点から考察する。
単なるトレーディングの対象ではなく……
伊藤忠が自動車業界に参入したのは、最近始まったことではない。歴史は古く、1950年代後半にはすでに日本車の輸出を行っていた。
戦後の日本経済復興期、自動車産業は基幹産業として成長した。伊藤忠は、その初期段階から海外市場の販路開拓を通じて日本の自動車メーカーの国際的発展を支援してきた。
単なる貿易仲介にとどまらず、ときとともに自動車産業への関与を深めた。製造には直接関与しないが、素材供給や部品製造といった「川上分野」から、物流、小売、金融サービスなどの「川下分野」まで事業領域を広げた。これは、総合商社としてのネットワークと機能を生かした多角化戦略だ。
具体的には、高級輸入車ディーラーのヤナセへの出資が挙げられる。ヤナセはメルセデス・ベンツなどを扱う企業で、伊藤忠はこの出資で国内の自動車小売市場でのプレゼンスを高めた。また、リース業界大手の東京センチュリーにも出資し、オートリースやファイナンスリース事業など、自動車関連の金融サービスにも力を入れている。
これらの動きは、伊藤忠が自動車産業を単なるトレーディングの対象ではなく、長期的に重要な事業領域と捉え、バリューチェーン全体で収益機会を追求してきたことを示している。
日本自動車販売協会連合会の統計によると、国内の新車販売台数は減少傾向にあるものの、2023年の新車販売台数は約477万台で、依然として巨大な市場規模を維持している。伊藤忠は、この市場の変化を見据え、引き続き多角的なアプローチで自動車ビジネスに関与してきた。
激変期の自動車産業 伊藤忠の適応戦略とは?
現代の自動車産業は「CASE」と呼ばれる100年に一度の大変革期にある。電動化が加速し、各国の環境規制強化も影響して、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)へのシフトが急速に進んでいる。
日本自動車販売協会連合会のデータによると、2023年に販売された電動車(EV、PHV、ハイブリッド車など)の総台数は約238万台で、新車販売全体の約半分を占めた。これは、消費者の環境意識の高まりと技術革新が影響している。
また、コネクテッド技術の進化により、車は単なる移動手段を越えて、情報端末としての機能を持つようになった。これにより、新たなサービスの創出が可能になった。自動運転技術の開発も進み、将来的には移動の概念を根本から変える可能性を秘めている。さらに、カーシェアリングやサブスクリプションといった「所有から利用へ」という価値観の変化も進んでおり、自動車の利用形態は多様化している。
こうした構造変化は、従来の自動車メーカーを中心としたピラミッド型の産業構造にも影響を与えている。ソフトウエア開発やデータ分析、エネルギー供給、インフラ整備など、異業種からの参入が相次ぎ、競争環境が激化している。
伊藤忠が自動車業界への関与を深めることは、この構造変化への適応戦略だといえる。彼らが持つ「川上」から「川下」までの幅広い事業基盤は、この変革期において大きな強みだ。
描かれる持続可能な自動車ビジネス
伊藤忠は自動車業界で今後、どのような企業方針を進めるのだろうか。
まず、AI技術を活用したサプライチェーンの最適化に注力している。物流拠点の配置や在庫管理を効率化するため、需要予測や数理最適化技術を導入して廃棄ロス削減やコスト削減を目指している。この取り組みは自動車関連事業だけでなく、製造業や物流業にも応用され、企業全体の競争力強化につながるとされている。
さらに、同社は新興国市場への進出も視野に入れており、アジア地域でのモビリティサービス展開を計画している。いすゞ自動車製品の世界各国への販売に加え、ライドシェア事業への出資も進めており、都市部の渋滞緩和やCO2排出量削減など、持続可能な都市交通の実現に向けた取り組みが期待されている。
今後、伊藤忠は総合商社としてのグローバルなネットワーク、多様な事業分野で培ってきた知見、そして強固な財務基盤を最大限に活用し、変革期の自動車産業でサプライチェーンの最適化、新たなモビリティサービスの創出、環境負荷低減に貢献するビジネスモデルの構築を進めると考えられる。
同社の挑戦は、日本の自動車産業全体の持続的な発展にも寄与する可能性がある。
© mediavague Inc.
