なぜ東京人は「駅名」で住所を答えるの? 同じ世田谷でも「二子玉」と「成城学園前」ではこんなに違う:Merkmal(1/2 ページ)
23区に700超の駅を抱える東京では、住所より駅名が「生活圏」を語る鍵となる。駅から800メートル以内の面積カバー率は都心で84.2%。鉄道網が織りなすこの都市では、駅名が地理・交通・文化を一挙に伝える都市言語として機能している。
2025年5月、SNS上である問いかけが話題になった。
「東京人は、住まいを聞かれるとなぜ駅名で答えるのか」――という内容だ。X(旧ツイッター)のまとめメディア「トゥギャッター」には、さまざまな報告が集まった。
多くの反応が寄せられた。なかでも「駅名で答えたほうが生活感が伝わる」という意見が目立った。実感を込めた声が多かった。
実際、東京では住まいを尋ねられると駅名で答える人がほとんどである。例えば中野区に住む人でも「中野」と答えるのは、JR中野駅周辺に住む人に限られる。多くは「中野坂上」や「東中野」「新井薬師」といった具体的な駅名で答える。
なぜ東京ではそれが当たり前になっているのか。そこには鉄道網が張り巡らされた東京圏特有の暮らし方がある。
具体的な駅名で答える背景には、都市そのものが鉄道網を基盤として発展してきた歴史がある。東京23区には700以上の鉄道駅がある。山手線を中心に、無数の路線が郊外まで張り巡らされている。この密度の高い鉄道網が、行政区とは異なる機能的な生活圏を形づくってきた。
同じ区内でも、駅によって生活動線や商圏、雰囲気がまったく異なる。
例えば、中野坂上は丸ノ内線と大江戸線が交わる交通の要所で、都心へのアクセスに優れる。一方、東中野は中央線が通り、新宿方面への移動が便利だ。こうした違いは、単なる区名では伝わらない。
東京では、駅名こそが地理・交通・生活圏を直感的に伝える「実用的な住所」として機能している。鉄道は移動手段にとどまらず、都市の骨格として発展を支えてきた。そのため駅名は、都市空間を理解し、他者と共有するための具体的な手がかりになっている。
駅の存在感は、データからも読み取れる。鉄道駅から半径600メートル以内の圏域を「駅勢圏」と定義した場合、2015年時点での各都道府県における駅勢圏の人口割合は以下のとおりだ。
- 東京都:53.7%
- 大阪府:47.1%
- 京都府:42.1%
- 愛知県:32.1%
- 福岡県:29.8%
東京都の資料によれば、駅から半径800メートル以内の面積カバー率は、23区全体で73.1%、環七通りの内側では84.2%に達する。鉄道網がこれほどまでに細かく張り巡らされている都市は、全国的にも稀(まれ)だ。
このような鉄道網の密度が、駅名をもっとも正確で、機能的に関連性が高く、住民にとって直感的に理解できる住所にしている。
世田谷区でも「二子玉」と「成城学園前」でこんなに違う
さらに、同じ行政区内でも鉄道路線ごとに生活圏が分断されている現実もある。例えば、世田谷区内にある二子玉川と成城学園前では、日常的な生活動線がまったく異なる。こうした機能的な分散によって、世田谷区といった区名だけでは日常のリアリティーを伝えきれない。
その結果、東京では駅名こそが、もっとも正確で効率的な住所として定着している。
東京には、物理的な近さと生活上の近さが一致しない地域が多いという特徴がある。例えば、二子玉川駅と成城学園前駅の距離はおよそ4キロしか離れていない。しかし、この2駅の間を移動するのは非常に困難だ。
平日正午に二子玉川駅を出発する場合、まず東急線で溝の口駅へ向かう。そこからJR南武線の武蔵溝ノ口駅を経て、登戸駅へ。さらに小田急線に乗り換え、ようやく成城学園前駅に到着する。乗り換えは2回、所要時間は28分かかる。
両駅をつなぐバス路線もあるが、所要時間は39分。しかも、平日の日中に4本しか運行されていない。このような「乗り換えの壁」は、東京では日常的に存在する。同じ行政区に住んでいても、使っている鉄道路線が違えば、生活圏はまったく交わらない。
一方で、新宿、渋谷、池袋といったターミナル駅を中心に、独自の乗換圏が形成されている。通勤や買い物、交友関係は、どの駅でどの路線に乗り換えるかによって決まる。
駅を通じてつながっていること。それが、東京で生活が近いと感じられるための条件となっている。
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