経営者・中田英寿が「文化が価値を生む」と断言した理由 ブロックチェーンも活用
「世界のナカタ」は今、経営者として奮闘している──。中田英寿氏が歩んだ起業への道、現在の課題、今後の展望を本人にインタビューした。
名刺アプリ「Eight」を開発しているSansanは5月8〜9日、さまざまな壁を乗りこえてきた各界のトップランナーによるビジネスカンファレンス「Climbers 2025」を、都内で開催した。
Climber(= 挑戦者)は何を目指し、何を糧にいくつもの壁に挑戦し続けられたのか。ビジネスの成功事例に加え、彼らを突き動かすマインドや感情を探った。
このイベントにサッカー日本代表の元選手で、日本酒の商品開発や海外輸出のコンサルティングなどを手掛けるJAPAN CRAFT SAKE COMPANY(東京都港区)代表取締役の中田英寿氏が登壇した。中田氏は同社で、日本酒を中心に伝統産業についての国内外への情報発信や市場拡大に取り組む。テクノロジーを活用した日本酒の世界展開や、ブランド「HANAAHU TEA」による日本茶文化の革新にも注力している。
中田氏はなぜ伝統産業を守るために起業したのか。中田氏を突き動かすものは? 中田氏にインタビューした。
中田英寿(なかた・ひでとし)株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANY代表取締役。元サッカー日本代表選手。2009年以降、全国47都道府県を巡り、日本の工芸・農業・食文化を深く掘り下げ、その魅力を国内外に発信する「にほんもの」PROJECTを推進。2015年に「株式会社 JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。伝統産業に最新技術を融合させることで、地域の魅力を次世代へとつなぐ活動を展開している(撮影:武田信晃)
なぜ起業した? 「文化が価値を生む」と断言した理由
中田氏は10年前の2015年に、JAPAN CRAFT SAKE COMPANYを起業した。日本酒を中心に日本の伝統産業の国内外への情報発信や市場拡大のほか、地方創生のコンサルティングなどを手掛けている。起業のきっかけは、2006年の現役引退後までさかのぼるという。
サッカーの次に情熱を傾けられることを探すべく世界中を旅していた時、海外で出会った人たちから日本についてよく聞かれた。その中で、意外にも自分が日本のことを知らないことに気付いたのだという。
2009年に日本に戻り、国内のことをもっとよく知ろうと旅を始めた。全国の生産者を回る中、日々の生活で食べたり使ったりしている物の背景を知ると、自分の中でさまざまな物の捉え方が変わったのだという。
「特別な旅行をしなくても、特別なものを買わなくても、(日常で食べている)食べ物や飲み物の背景、そして選び方を知ることによって、その価値を楽しめるようになりました。そうすると、自分の生活が豊かになった感覚を得たのです。この経験が、この世界に入った要因だと思います」
2009年以降、日本の工芸・農業・食文化を深く掘り下げ、その魅力を国内外に発信する「にほんもの」PROJECTを推進。JAPAN CRAFT SAKE COMPANYを設立後は、まず輸出事業からビジネスを始めた。これは、サッカー選手だった時代から世界を見てきた中田氏の経験に基づいている。
「この10年ほどで和食が世界中に広がりました。だから、食にまつわるものに大きな可能性があると考えています。ただ、何百年も続く家族経営をしている人たちは、インターネット社会になったからといっても、なかなか変われない部分もあります。一方ネットの世界では、流通や情報の在り方が常に変化しています。そのような課題を解決し、可能性を引き出せないかと思い、会社を立ち上げました」
世界をまたにかけてビジネスをする上で、110カ国・地域以上で旅をした経験が生きたという。中田氏は、世界展開には事業者が自己分析することが必要だと語る。
「日本の良さを発信する上で、世界を知っていることは重要です。私には、世界中に友達がいるので、現地の事情も分かります。例えば、日本では『うちの商品は品質がいいから輸出すれば売れる』と話す人がいます。でも、その人は、世界にそれより良いものがあるという事実を知らないのです。どの部分が自分たちの強みとして可能性があるのか。まず、それを知る必要性があると思います」
会社を立ち上げ、学んだ「人の動かし方」
会社のトップを務める中で学んだのは、人の動かし方だと話す。サッカー選手時代のチームメイトを動かす以上に、会社のスタッフに仕事をお願いするのは難しかったという。「サッカーの時のように指示をすれば、きちんとやってくれると思っていました。でも現実は違いました」
「一方で、できない、やらないというのは、もしかしたら、自分の伝え方が悪かったのかもしれないし、会社の仕組みが悪かったのかもしれない。さまざまな原因があります。相手を1回でも変えるのは大変です。一方、自分の考え方ややり方は、努力次第で何度でも変えられます。自分を変えた上で相手に伝える。つまり『やってもらうにはどうするべきか』をとことん考えるようになると、自分の意図が相手に伝わりやすくなり、ストレスも減りました。それを学べたのは非常に大きかったと思います」
日本の伝統文化が海外においても嗜好品的な形ではなく、文化として定着することを、中田氏は望んでいる。
「外国の方々がたくさん来日しています。その理由は、日本には独自の文化があり、他国とは違うからです。世界中どこに行っても全く同じであれば、わざわざ来日する必要がありません。だからこそ(固有の)文化が大事なのです。文化は結局、価値を生み、経済を生むと思います。例えばフランスが文化に投資をするのは、経済を生むからです。一方、日本はあまりその観点でお金が動いていないので、それに続く経済も動いていかない。むしろ後継者問題など、さまざまな課題があるのが現状です」
日本の伝統産業が、未来の経済を生むためには、それなりの時間と労力が必要だ。
「自分が生きている間に、伝統産業が大きく変わるのは難しいと思ってもいます。でも自分のやったことが、この先50年、100年と続く文化を作り、その先の生活を作る。そういう夢を持つことが面白いのです」
ブロックチェーン活用の真意は?
日本酒は、海外の販売先によっては保存状態の良くない店舗も多々あるそうだ。その課題を中田氏は、ブロックチェーンを使って解決しようとしている。
「ブロックチェーンを活用することにより、全ての日本酒のトレーサビリティを世界中で確保することが可能になります。その国々のレストランでどんな消費をされているのか。これが1本単位で分かるのです。世界で自分たちが販売している商品のマーケットデータを、一元管理できます」
この技術により、輸出商品について、どんな味わいが好まれ、どの価格帯が売れるのかも、市場ごとに分かるようになったという。
お酒を造るための米を確保するためには、1年前からお米の作付面積をどれくらいにするのか計画することから始める。これまでは前年との比較や勘に頼る経営だったが、ブロックチェーンの活用により、需要を予測できるようになった。
中田氏は講演で「世界的にアルコール離れが進んでいて、日本酒も出荷量が減っている」と話していた。IT技術の農業への活用は、日本は世界と比べて遅れているのか。
「農業の最先端にいるわけではないので詳しくは分からないですが、テクノロジーを効果的に導入していく上では、一定の農地の規模が必要になります。しかし日本ではさまざまな問題があって、大規模化が難しい状況にあります。そこを解決していかないと将来がありません。小規模農業では意味がないのです。法律の問題を解決しないと、IT化を進めるにも効果が出にくいと感じています」
ただ、法律は進化する技術に追いつかない。これは、日本を含め世界各国で発生する事象だ。いま、政治には対応力とスピード感が求められている。
お茶の可能性 「背景を知り、再構築」
中田氏が、日本酒以外で可能性を感じているのが、日本茶だ。4月には東京・六本木ヒルズアリーナで日本食文化の祭典「CRAFT SAKE WEEK 2025 at ROPPONGI HILLS」を開催。会場で、食事に合う水出しの日本茶ブランド「HANAAHU TEA」も販売した。
「お茶は、この50年間で生産者の数が10分の1以下になり、茶葉単価は2分の1になっています。ですが、需要と生産量は大きくは落ちていません。それはペットボトルでの需要が増えたからです。ただ、安い茶葉が必要になっている状況なのです。産業としてのお茶の需要はあっていいのでしょうが、小規模農家からすると厳しい状況ではあります」
低単価のお茶が広がることによって、生産者の利益が出にくくなっているという。
「飲食店では、アルコール需要の低下と共に、ノンアルコールの需要が高くなっていますが、そもそも料理と合わせて飲めるノンアルコール商材が、まだまだ少ないのが現状です。私はそこに、日本茶の可能性があると強く思っています」と、日本茶の潜在能力に期待を寄せた。
日本茶をグローバルに展開する上で、外国人は日本茶特有の苦味や渋みに慣れていないことが障壁になっていると言われている。だが彼は心配していない。
「お茶とワインは非常に似ています。ワインのブドウの品種ならシャルドネ、日本茶なら、やぶきたなどたくさんの品種があります。私たちはこれだけお茶を飲んでいるにもかかわらず、その品種や製法などは詳しく知らないのです。つまり、お茶は『青臭いもの』でも『渋いもの』『うま味が強いもの』でもなんでもなく、茶葉にあった味わいを作り出しているだけなんです。例えば、京番茶のようなローストの味など、いろいろな味ができます」
日本人が知らない味を作ろうと思えば、創出できる可能性もあるのだ。
「私は、この植物(茶葉)はどういう味の可能性があるのかを知り、マーケットに合わせた味を作り、市場も作ろうとしています。リブランディングではなく、お茶の背景を深掘りし、再構築する形ですね」
実業家としてのゴールはない
講演では司会者から「実業家としてのゴールは?」と問われ、中田氏は「ありません」と答えた。「別に私はビジネスをやりたいわけではないからです。幸せな環境、仲間をたくさん作れれば、それがゴールですね」と話す。
これまで大変なことは多々あったものの、現在も辞めずにいるのは、それだけ楽しく、価値があると感じているからだという。その根底には、日本の食に対する愛情と、危機感があった。
「従事者の平均年齢が非常に高い農業や漁業が衰退してきた時に、いつまでも同じ価格で同じものが手に入るわけがありません。そうなった時に困るのは、私たちです。その事実すらも私たちは深く考えていないし、もっとそのことを知らなければなりません。私は、このまま行くと本当の意味で国民の生活が脅かされていくと思っています。だからこそ今やらなければいけないんです」
その危機は10年後に顕在化するのかと聞くと「皆さんはそう思っていますが、私はこの数年ずっと思っていますし、そう遠くならない未来により顕著になると思っています。今のお米の供給問題やトランプ大統領の関税もそうですが、どこで何がどうなるのか分からない時代になりました」と答えた。
「その環境下で、自分たちができること、どうすれば国内の生活保証が成り立つのか。それを考えないといけない。世界規模で考えても仕方がありません。だから私は、農業を非常に重要視しています」
実績を残したスポーツ選手は引退後、コーチ業などに励むケースが多い。一方の中田氏は新しく自分のやりたいことを見つけ、ビジネスを始めた。本人は「実業家としてのゴールはない」「やりたいことをしているだけ」と話す。だがスポーツ選手のセカンドキャリアの新しい形を示した意義は大きい。しかもそれが日本の伝統産業と関連している。
加えて中田氏の取り組みは、少子高齢化の日本が抱えている事業承継問題の解決の一助になると感じた。彼の取り組みによって、農業などが魅力的に映り、関心を持つ若い人が増え、従事者が増えれば、日本が誇る「にほんもの」の明るい未来が待っている。
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