「志はある。でも……」 自治体職員の意欲が育たないのはなぜ? デジタル化以前に取り組むべきこと(3/3 ページ)
人手不足、待遇格差、報われにくさ……。それでもなお「社会を変えられる仕事」と信じて行政の職に就く人たちは、日々どんな現実と向き合い、どうやってモチベーションを維持しているのか。
勤続年数と昇給カーブの不一致
勤続年数と昇給カーブの不一致についても、少し考えてみましょう。
みなさんもご存じのとおり、公務員は俸給表と呼ばれる給与額表に基づいて給与の額が決まります。給与を上げるには勤続年数を増やすか昇級する(偉くなる)しかありません。昇級自体も年功序列制度の影響を受けるとすると、結局のところ長い勤続年数を経なければ給与は上がらないということになります。
公務員の方から「私たちは一生懸命やってもやらなくても給与が変わらないから」と言われることがあるのですが、実績で給与が変わらないというのは民間人の筆者から見ればちょっとしたストレス要因にも思います。
(補足すると、実績により昇級の度合いが考慮されることもありますし、賞与も実績を反映することがあります。振れ幅は大きくありませんが)
筆者もさまざまな自治体の中で職員を見てきたので、その中の経験での話ですが、若手職員の中にはプライベートが大変充実しているせいか、手取りの給与の中で生活をエンジョイするのに苦労している方もいます。
学生時代のアルバイトの感覚のまま「手取りを増やすのならば時間外勤務(残業)をしなければ」と、必然性の薄い時間外勤務を希望する職員もいるという話も聞きます(実際にそのような勤務が成立しているかは各自治体によりますが)。これを「生活残業」と呼ぶこともあります。
残念ながら、このマインドでは生産性が高まりません。最初から労働時間を長く取っているのですから、その長い労働時間の中で業務をこなせばいいと考えて、密度が薄くなるのは当然です。
一方で、自治体の部署によっては、繁忙期はとにかく忙しく、誰でもいいから手伝ってほしい、という場面もあります。
あるいは年度の途中で突発的に発生した業務を担当する場合、職員が柔軟に配置されず慢性的に人員不足になるケースもあります。
つまり庁内全体を見渡しても、薄い密度で業務をこなしている職員と、多忙を極める職員が混在していて、その平準化がうまく行っていないとするならば、双方にとって良い方策も考えたいところです。
「庁内ワークシェアリング」は自治体を救えるか?
そこで、筆者はこんなルールを庁内に設定することを提案したいと思います。
- 職員が時間外勤務をする場合は、自身の部署の時間外勤務をしてはならない。
- (是非はさておき)時間外勤務を望むのであれば、他の部署の作業を行う。
- 時間外勤務の案件がある場合は、庁内でそれを掲示して募集する。
ただこれだけです。いわゆる「庁内ワークシェアリング」ですね。
これにより得られるメリットは次のとおりです。
- 勤務時間内に自分でやるべき作業と、時間外に他人に任せる仕事を振り分けることで作業の優先度が分かる。
- 他人に作業を任せる以上、作業内容をパッケージング化しておかなければならない。
- 誰が時間外勤務で来るか予想できないので、作業マニュアルが必要になるが、これは将来の引き継ぎ資料になり得る。
- 時間外勤務を通じて、他部署の業務内容を知ることができ、職員としての知見が増す。
- そもそも時間外勤務の案件がなければ、時間外勤務をやりたくてもできない。逆に案件があるのならば、時間外勤務の正当性を得られる。
必要な投資は、
- 庁内掲示板で案件掲示と募集を行う仕組みを用意する
――だけです。悪くない取り組みだと思いますが、いかがでしょうか?
庁内ワークシェアリングとは少し違うのかもしれませんが、愛知県一宮市で興味深い取り組みを進めています。
それぞれの業務に繁閑差のある市税担当3課(財務部の市民税課・資産税課・納税課)の若手職員に対して、相互の兼職発令を行うことで、柔軟な業務の協力体制を構築するというものです。
記者会見では「市税の関連業務を各職員が異なる視点で従事することで、税に関する包括的な知識の習得・スキルアップ、市民サービスの向上につなげます」とありました。
これは時間外勤務とは全く別の視点の話なので、同列にしてはいけないのですが、庁内全体の業務の平準化という面では近いものがあると思います。
実はいくつかの自治体で「庁内ワークシェアリング」について、アイデアを示したことがあるのですが、どこも総論賛成なのに先に進まず、という状況でした。もし何か課題があるのならば、ぜひ教えてください。
次回はいよいよ現実的になってきたAIエージェントの話題に踏み込みたいと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
デジタル人材を入れたのに、なぜ失敗? 自治体DXに潜む「構造的ミスマッチ」とは
今回は、自治体のCIO補佐官として複数自治体で活動する筆者の実感をもとに、「なぜ高度専門人材を登用しても変革が起きないのか」を問い直す。
DXが進まない自治体、職員の行動を阻むものとは……? Deep Researchが出した答えは
人は、35歳を過ぎてから登場した技術を「不自然で受け入れがたいもの」と感じる――。ダグラス・アダムスが示した法則は事実か。Deep Researchが出力した結果とは。半分お遊びで使ってみたDeep Researchは、自治体業務にも十分生かせそうだ。
ネットワーク分離環境でもクラウド版Office製品を使うには? 自治体CIO補佐官が自作した、おすすめツール2選
今回は、自治体CIO補佐官である著者が自作した、ネットワーク分離環境でもMicrosoft 365の認証をスムーズに行うための「エンドポイントトラッカー」と、職員のデジタルスキルを“見える化”する「自治体デジタル人材アセスメント」の2つのツールを紹介する。
35歳以降に出た新技術は「受け入れがたい」……? 自治体でAI活用が進まない根本要因とは
今回はデジタル人材育成に関連して、組織としての成熟度について考える。自治体DXのスピードや取り組みが中々進まない背景には、デジタル技術に対する世代間の「感じ方のズレ」があるのかもしれない。
行政に欠けている「デジタル人材育成」の概念 スキル研修が機能しない理由は?
今回は自治体における「デジタル人材育成」をテーマに考える。2024年あたりから、デジタル人材育成や人材確保に関する事業が各自治体から公示されているが、「確保された人材の育成」という概念は最初から抜け落ちている。

