「がん啓発ライブ」を有償→無償モデルに転換したワケ ヘルスケア企業の挑戦(2/2 ページ)
がんの臨床試験(治験)と最新のがん医療情報に特化した情報サイト「オンコロ」が主催し、10年目を迎える「オンコロライブ」。現在は無償で実施しているものの、第1〜4回目までは、チケット販売制の興行形態で開催していた。2020年のコロナ禍を機に、無償・協賛という新たなビジネスモデルにピボットした経緯がある。実行委員長に転換の意味を聞いた
米国のチャリティーからの学び 無償化・協賛型への転換
――調べた海外の事例は、具体的にはどのようなものだったのですか。
「スタンド・アップ・トゥー・キャンサー」という団体の取り組みです。米国では有名な活動です。シカゴで開催された「アメリカ臨床腫瘍学会」(American Society of Clinical Oncology)で私が訪米した際に、この団体がブースを出している現場に行きました。そこではチャリティーイベントを企画・運営する団体やがんの患者会など、さまざまな非営利組織がブースを出していました。
私は以前、NPOの理事、事務局長を務めていましたので、米国の患者会や団体はどうやって財源を確保しているのかを知りたいと思っていました。多くは寄付で成り立っていますが、日本には寄付文化が根付いておらず、同じモデルをそのまま定着させるのは難しい。そこから日本型にアレンジしつつ、趣旨に賛同してくれるアーティストにも協力してもらえる形を模索しました。
――キャスティング面の課題もあったのですね。
はい。当時はアーティストのマネジメント側に趣旨を説明しても「メリットは何ですか?」と聞かれることが多かったのです。当時は今よりも、がんというテーマにネガティブな印象を持つケースもあり「アーティストのブランドに影響しないか?」と心配する関係者もいました。
私自身が個別にアーティストへ直接交渉しても限界があると感じ、上流からアプローチする必要があると判断しました。そこでポップカルチャーフェス「@JAM」の橋元恵一総合プロデューサーに相談し、関係者の協力を経てつないでもらいました。そこで橋元氏に、オンコロの現状や課題を率直に共有しました。
――そこでどんな提案があったのですか。
「無償イベントにしてはどうか」という提案でした。有料にして出演アーティストのファンだけを集めても、啓発としては広がりに限界がある。無償にすればアイドル側も趣旨に賛同しやすくなり、社会貢献活動への参加自体がブランディングになるのでは、という話でした。私も納得し、無償化を決断しましたが、そうなるとチケット収入はなくなりますから、財源はゼロです。その時点で腹をくくり、協賛を本格的に獲得していく方針に切り替えました。
無償化がもたらした変化 残る課題とは?
――無償化によって、出演者にも変化はありましたか。
第5〜6回あたりから協賛獲得に力を入れたことによって、出演アーティストもより魅力的な顔ぶれになっていきました。AKB48グループに出演してもらえたこともありました。それまで5年間続けてきた実績も評価され、協賛の交渉もしやすくなりました。そして一番大きかったのは、会場費が無償になったことです。
――どうやって会場費を無償にしたのですか。
サブカル文化に理解がある豊島区との連携がきっかけです。ある区議の方に活動の趣旨を説明したところ、豊島区の担当課・保健所を紹介され、そこから豊島区との共催が決まりました。その結果、池袋の「東京建物 Brillia HALL」など区の施設が無償で使えるようになり、運営コストの約20%を占めていた会場費が不要になったのです。しかも同ホールは客席数1248席で、以前よりも大きな会場でした。コロナ禍で空いていたタイミングも重なり、利用できました。
――そこからさらに会場の選び方も変わったのですね。
そうです。できるだけ多くの人に知ってもらうという原点に立ち返ると、パブリックスペースでの開催が適していると考えました。池袋西口公園グローバルリングシアターやサンシャインシティ噴水広場など、通りすがりの人も気軽に立ち寄れる場所で実施することで、ファン層以外にも啓発が届くようになりました。
――無償化以降、ビジネスの中核はどこに置いたのですか。
各アーティストに熱心なファンの方がいるので、寄付付きの優先エリアや最前列のチケットを設けました。価格は最前列で1万5000円程度に設定し、Tシャツ付きのパッケージにするなどして、席数は30席程度に限定しています。すぐに完売することもあるほどの人気となっています。
――有償から無償へのビジネスモデル転換は、奏功したと評価していますか。
完全にうまくいったとは言い切れません。綺麗な話に見えるかもしれませんが、10年やってきて納得している点と課題は両方あります。
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