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利用者400万人超 個人向け名刺管理アプリ「Eight」、名刺交換のDXを起こせるか紙の名刺をなくす

紙の名刺をデジタル名刺に変える「名刺のDX」を進めるEight。立ち上げた意図や今後の戦略についてSansanの創業メンバーの1人で、技術部門を統括する塩見賢治Eight事業部事業部長 兼 技術本部本部長に話を聞いた。

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 名刺の管理、整理に悩むビジネスパーソンは少なくない。

 2007年創業のSansan(東京都渋谷区)は、法人向けの営業DXサービスで、社名と同じ「Sansan」、経理DXサービス「Bill One」、AI契約データベース「Contract One」、個人向けの名刺アプリ「Eight」の4つを主力事業としている。

 2012年に誕生したEightは、利用者が2025年3月に400万人を突破。順調な伸びを示している。紙の名刺をデジタル名刺に変える「名刺のDX」を進めるEight。立ち上げた意図や今後の戦略についてSansanの創業メンバーの1人で、技術部門を統括する塩見賢治Eight事業部事業部長 兼 技術本部本部長に話を聞いた。


Sansanの創業メンバーの1人で、技術部門を統括する塩見賢治Eight事業部事業部長 兼 技術本部本部長

名刺を有効活用できていない人が多数 どう広めた?

 Eightを利用するメリットは、名刺の保管や管理にかかる手間の削減、転職しても相手に自分の所属先や連絡先を知らせられることにある。名刺交換をEightですれば、名刺切れや名刺忘れによる機会損失を防げることもメリットだ。

 Sansanが5月に発表した「渡した“紙”名刺の活用実態」の調査によると、「過去1年間で受け取った紙の名刺をどのように扱っていますか?」との問いに、「整理できていない」と答えた人が57.7%と半数以上を占めた。

 「紙の名刺の紛失や整理不足により、必要な連絡先を見つけられなかった経験はありますか?」については40.7%が「ある」と答えている。「仕事上で必要な社外の連絡先は、どのように探すことが多いですか?」という質問では「メールボックス内の検索」が68.6%を占めた。

 「名刺交換や初回商談後にフォローメールを送っていますか?」については「全く送っていない」が21.5%、「あまり送っていない」が25.7%。全体として受け取った名刺を有効活用できていない実態が明らかになった。


Sansanが5月に発表した「渡した“紙”名刺の活用実態」の調査

名刺はそのうちなくなると思っていた

 ビジネスは名刺交換というあいさつから始まる。それは相手の連絡先を入手することでもある。だが塩見事業部長と、Sansanの寺田親弘社長は、名刺にはそれ以上の価値があることに気付いたのだ。

 「私は三井物産系の会社で働いていたエンジニアでした。最初は名刺にそれほどの価値を感じていませんでした。当時、寺田も三井物産で働いていましたが、彼が営業を頑張り、3カ月かけてキーマンにたどり着いたとき、実は別の社内の人間がすでにそのキーマンのことを知っていたという事例がありました。そう、意外と社内の人間が重要人物を知っていることもあるんですよね。寺田は、その課題を解決する必要性を感じました」(塩見事業部長)

 その後、名刺管理ビジネスに関係する起業を考えた寺田氏は、塩見事業部長に相談し、議論を深めていった。会社設立の経緯をこう語る。

 「ビジネスSNSのLinkedIn(リンクトイン)があるので、名刺はそのうちオワコンになるだろうと当初は思っていました。ですが、話し合いを進めると、意外に深いビジネスだと感じるようになりました。名刺に書かれているのはシンプルな情報ですが、名刺の交換自体に価値があり、誰と誰に会ったという事実は貴重なデータそのものなのです。これを、きっちりと記録せず、データ活用もできていない現状がある。宝の山だと思いました」

デジタル名刺交換は失礼か?

 起業当初は、法人向けの「Sansan」の提供を2007年から開始した。その後2012年に個人向けのEightを立ち上げた形だ。

 「法人向けのSansanのビジネスを進めていく中で、個人向けを中心に手掛ける競合企業が出現した場合、会社の脅威になると感じたのです。紙の名刺をなくそうという意味では一つの山ではありますが、法人から登るルートと個人から登るルート、どちらからでも登ってみようと考えました」

 現在、Eightに携わる社員は170人ほど。うちエンジニアは約40人だ。「まだ、紙の名刺をなくせていませんが、新型コロナウイルスが広がったときも含めて右肩上がりで成長しています。しっかりと山を登れている感覚はあります」

 着実にユーザーを増やしてきた結果、ユーザー数は400万人を突破した。「日本で名刺を普段使いする人は約2000万人という推計があります。2000万人を市場の上限としたときに、約600万〜700万人(の獲得)が一つのマイルストーンになると思います」

 つまり、その数字にまで達すれば、世間でテジタルの名刺交換が広く認知され、ためらうことなくデジタル名刺を使える世界に向けて大きく加速すると考えている。一方で、一種の「壁」も感じているという。実現は少し先になるとも予想しているようだ。

 「正直、もう少し早く広まると思っていました。『デジタルによる名刺交換は失礼ではないか?』という認識がまだまだ根強く、その認識を変えるところが一つの壁になっていますね」


「デジタルによる名刺交換は失礼ではないか? という認識を変えるところが一つの壁になっている」と話す塩見事業部長

イベントというEightの収益の柱

 Sansan全体の2025年5月期の通期決算によると、売上高は前年比27.5%増の432億200万円、調整後営業利益は同108%増の35億5500万円と大幅な増益を達成した。要因として、売上総利益率の改善や販管費率の低下などを挙げている。

 Eight事業を見てみると、売上高は50億5100万円。そのうちB2B事業が46億4900万円と92%を占めている。このB2Bビジネス売り上げの約4割を占有しているのが、経営者など各界のトップランナーが人生について語る「Climbers」(クライマーズ)を始めとしたイベント事業だ。ITmedia ビジネスオンラインでも、いくつかの記事でレポートした(関連記事を参照)。

 「Climbersは約5年前から始めました。ユーザーはビジネスパーソンが多く、何か喜んでもらえたり、ユーザーを応援できたりするコンテンツを作りたいという思いから始めた形です」

 Eightを立ち上げたときの塩見事業部長は、人と人の出会いについて、デジタル空間を使い、「偶然の出会いから必然の出会いにしていく世界を実現させたい」と考えていたという。イベント事業などによって、それを実現させた形だ。しかも、Eightの主要な収益源にまで成長させた。この収益を、ソフトウエア開発の投資に回すという好循環を生み出すことに成功したのだ。

多角化にも取り組む

 その一方で、売上高がイベント事業に偏ることのないよう、バランスの良い収益構造の構築にも取り組む。その1つが有料の「Eightプレミアム」で、フリーミアム(無料で提供し、一部のユーザーがより高機能や追加サービスを利用する際に課金する)のビジネスモデルだ(月額600円、年間6000円)。

 「まずは、たくさんのユーザーに使ってもらうことが重要なので、マネタイズは二の次です。確かに一定数のユーザーが加入していますが、事業を賄えるほどになるには、まだまだ時間がかかると感じています」

 法人向けとして、5000社以上が利用している「Eight Team」というサービスも提供中だ。これは、社員が取得した名刺を、会社全体や部署で共有するサービスで、料金は月額1万8000円(9月1日より1万9800円)に設定している。

 「Eight Career Design」(ECD)というリクルーティングに関するサービスも展開。Eight上にあるユーザーの名刺を見れば、どういった経歴で、どういったことに詳しいのかが、ある程度、想像できるという。

 「ある意味、履歴書よりも正しいエビデンスです。これをうまく活用することで、良い人材を採用するためのリクルーティングに使ってもらいたいのです」

AI製品への活用法

 名刺という個人情報を扱っているだけに、情報漏えいした場合の影響は大きい。セキュリティ面では、専門の部署が常に監視をしているという。Sansanでは企業理念を「Sansanのカタチ」と表現している。その中の1つとして、セキュリティと利便性を両立させる「Premise」を掲げた。


Sansanの企業理念「Sansanのカタチ」では、セキュリティと利便性を両立させる「Premise」を掲げている

 「社員のほとんどが、個人情報保護士の資格を持っています。リテラシーが重要なので、社員全員に同資格の取得を課しています」

 EightにおけるAIの活用方法について聞くと「インターフェースの改良などが考えられます」と話す。

 「将来的には、例えば『医師だけのリストを作る』『これまで訪れた小売店の名刺を全て掲示する』『ある業界の部長以上を表示する』といったことが実現できると思っています。Climbersのようなイベントでは、デジタル名刺を入場パスとして導入することも考えています」

社員がコミットしやすい環境を作る

 紙の名刺のない世界は、環境にやさしいだけでなく、ビジネス支援につながる意味でも、その意義は大きい。エンジニア出身者の塩見事業部長は、多くの部下をマネジメントする立場でもある。

 「マネジメントには臨機応変さが必要です。この業界は変化が激しく、自分の判断が3日前は正しかったのに、3日後には正しくないことも出てきます。部下に対しては、コミットすれば能力を伸ばせるし、成果も出せると思うので、コミットしやすい環境作りを心がけています」

 塩見事業部長が社員のベストパフォーマンスを引き出すことによって、Sansanの理想とする世界が実現することを期待したい。

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