「労働時間の規制緩和」議論に募るモヤモヤ なぜ日本の働き方は“時間軸”から抜け出せないのか?:働き方の見取り図(2/3 ページ)
現在にわかに進んでいる「働き方改革」の見直し議論には、ある重要なポイントが見過ごされているように思えてならない。どのようなポイントなのか、詳しく見ていきたい。
労働時間規制の緩和がはらむ2つの課題
ただ、労働時間規制の緩和には、少なくとも注意点が2つあります。
1つは、本人が自らの意思で働くことを選択し、元気なつもりでいても、働き過ぎがいつのまにか心身を疲弊させて、健康を害する事態も想定されることです。
もう1つ、全く別の視点からの課題もあります。家庭にかかる工数です。どんな家庭でも、家事や育児、介護といった「家オペレーション」にかかる工数は必ず発生します。一方で共働き世帯は徐々に増え、いまや専業主婦世帯の約3倍ですが、性別役割分業の見直しが進みつつあります。必然的に、これまでのように仕事にだけ100%の時間を費やして専念することが容易ではなくなってきています。
自分以外に家のことを全て担ってくれる人がいなければ、寝食を忘れるような働き方はできません。家族と分担してこなすとしても、仕事に没頭しながら家のことまですれば、睡眠時間などが削られて健康状態を悪化させる懸念もあります。
ただ、働き手自身が無理しないように心がけさえすれば、適度な休息を確保することは可能です。また、少なくなっているとはいえ専業主婦や主夫世帯であることが最適というバランスのご家庭もあると思います。働くことが好きな人が、健康を維持しながら仕事に没頭できるかどうかについては、家庭内での工夫次第である程度制御できる面があります。
それに対して、もっと働きたいと言いながら、働かざるを得ないのが本音というケースについては事情が異なります。働きたい理由が自発的なものではなく、必要な収入を得るという外部要因であるため、働き手自身の心がけや家庭内の助け合いでは対処のしようがないからです。
先の参議院選挙では、働き方改革ならぬ「働きたい改革」を掲げる政党もありました。心から働きたいと願っている人が思う存分働けるようにすること自体は、大切な視点だと思います。しかし、働かざるを得ないのが本音の場合は別です。収入が増やせるようにと労働時間規制を緩めてしまうと、せっかく生まれた長時間労働是正の流れに逆行し、元の木阿弥となってしまう懸念があります。
労働時間を10%伸ばせば、得られる給与もその分増えるのは間違いありません。しかし、問題は「給与増=時間増」という時間軸ありきの思考が、職場の中で疑いもなく受け入れられてしまっている点です。
もし、時間当たりの単価を10%上げることができれば、労働時間を変えずに給与を10%増やすことができます。逆に、給与を維持したまま労働時間を10%減らすことも可能です。この考え方こそが、本来の働き方改革に他なりません。
労働時間を削れば給与も減り、給与を増やすためには労働時間を増やすといった時間軸に縛られた発想のままでも、法律や条例を改正して労働時間の上限を定めたり、残業手当を150%に引き上げたりするといった“規制”の改革であればできるでしょう。しかし、本丸である“働き方”の改革はできないのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
手軽さの代償 休業手当トラブルが映す、スポットワークの構造的リスク
急拡大するスポットワーク。一方でさまざまな課題も顕在化し始めている。手軽さを追求したはずの仕組みが、知らないうちに「働く人を守れない構造」になっていないか――。便利さと危うさが同居するスポットワークの“今”を考える。
リベンジ退職、残業キャンセル界隈……雇用系バズワードに飛びついてはいけないワケ
「静かな退職」や「残業キャンセル界隈」。飛び交う雇用系バズワードが新たな問題提起につながることもある一方、過剰反応が起きると社会が振り回されかねない。どのような点に注意すべきなのか。
「女性は管理職になりたがらない」は本当か? 昇進意欲を奪う、本当の理由
なぜ女性は管理職になりたがらないのか――。データをひも解くと「責任の重さ」や「長時間労働への懸念」だけでは説明できない、男女間の“見えない壁”が浮かんでくる。管理職不足時代に突入するいま、その解決策は「女性の問題」ではなく「働き方全体の課題」になりつつある。
出社回帰、休暇も壁あり……働き方の「ニューノーマル」は幻だったのか?
アフターコロナの社会は生活も働き方も常識が刷新され、ニューノーマルが訪れると予測されていた。実際、テレワークに対する認識は大きく変わっている。 しかしこうした変化が「新しい常識」として根付いたのかと問われれば、答えはそう簡単ではない。
全員が「一律週40時間」働く必要ある? “短時間正社員”が問い直す、職場の常識
2025年の骨太方針に明記された「短時間正社員」制度。ただ、フルタイムで働いている正社員からは「不平等」という声も。短時間正社員という制度の意義を掘り下げてみると、従来の働き方の常識に風穴を開け、社会に還元されるメリットが見えてくる。
