スマートウォッチ全盛なのに、なぜ? カシオ「G-SHOCK」が売れ続けるワケ:唯一無二の世界戦略
「落としても壊れない」をコンセプトに1983年に誕生したカシオ計算機のG-SHOCK。スマートウォッチの人気が全盛を迎え、時計をつけない消費者も増える中、いかにして世界に訴求していくのか? 同社のマーケ責任者に聞いた。
「落としても壊れない」をコンセプトに1983年に誕生したカシオ計算機のG-SHOCK。2024年11月時点で、140を超える国・地域で累計1億5000万本を販売した日本を代表する時計だ。今や時計のみならず、ファッションアイテムとしても重宝され、もはや1つのカルチャーにまでに成長している。
世界に拡大させるべく「唯一無二」をコンセプトに掲げ、7月にはHIP HOP/R&BガールズグループのXGを、グローバルアンバサダーに起用した。一方で、スマートウォッチの人気が全盛を迎え、そもそも時計をつけない消費者も増えている。決して楽観視できる市場環境にあるとは言い難い状況だ。
そんな中、いかにして世界に訴求していくのか? G-SHOCKの販売戦略について、カシオ営業本部時計統轄部ブランドマーケティング部の須河正和部長に話を聞いた。
スマートウォッチ時代 なぜG-SHOCKが売れ続けるのか?
G-SHOCKは、さまざまなアーティストを起用してきた。今回、XGをグローバルアンバサダーとした狙いについて須河部長はこう語る。
「今までは認知度向上のため、有名で人気のある人に、いかにつけてもらうかが重要でした。しかし、他のブランドも同じような狙いで展開しています。すると、表面的に人気があり、知名度があるだけでは(G-SHOCKは)『知っているけど、別に欲しいとは思わない』という存在になることを危惧してきました」
新しい訴求方法が必要だと考えていた。そこで、まずG-SHOCKの本質を見つめ直したという。「物質的には、壊れず、防水機能と耐久性がある点が特徴です。品質改良にも絶えずチャレンジして、どんどん耐久性を上げていくことにも特徴があります」。物質的な良さと、挑戦していく姿勢の魅力の2点だった。
高級時計ブランドが持つステレオタイプ的なイメージは、伝統があり、繊細で美しい工芸品ということになる。一方G-SHOCKはタフネス、厚いなど真逆といっていい独特の美学を持つ。「この新しい価値や美学を代弁でき、かつ人気のあるパートナーは誰だという点からXGになりました。この考え方をベースにした起用は、彼女たちが日本初です」
近年は、スマートウオッチが登場するなど、腕時計にとっては逆風の状況にみえる。だが実際はG-SHOCKもスイスの時計ブランドも、あまり大きな影響を受けていないそうだ。もちろん、スマートフォンが時計代わりとなり、腕に時計を着用しなくなったことに危機感を感じているという。
「特に若い世代が時計を持たないという新たな価値観と言いますか、『時計は不要なもの』と思っている人がいます。その人たちに興味を持ってもらうことに課題意識を持っています」
消費が多様化した現代では、自社製品のライバルは同業とは限らない。筆者は車業界の社員から、以前は車のローンなどに使われていたお金が、今はスマホの通信費や課金に回っていると聞いたことがある。「だから車のライバルはスマホ」と話していたのだ。腕時計をつけなくなった観点で言えば、スマホは腕時計のライバルになったとも言える。その対策は?
「私も、たまに携帯で時間を見てしまう時があります。時代はそういう状況になっているのです。このギャップを埋めるには、G-SHOCKに新しい価値を付加するしかありません」
では、どうするのか? ここでも「壊れない」が軸となる。須河部長によると、普段は超高級腕時計を着用している富裕層の中には、G-SHOCKも持っている人が少なくないそうだ。
「例えば、スポーツやチャレンジングな趣味、遊びをする時にG-SHOCKは重宝されます。スマートウオッチでは壊れる可能性が高いのです。G-SHOCKは身に着けることによって、いつでも時間を確認できるという安心感が生まれ、自分のやっていることに没頭できるのです」
富裕層がG-SHOCKを着用していることは理解できた。ただ、メインターゲットは若者ではないのだろうか。ここで須河部長は「G-SHOCKは稀有なブランド」だと説明する。例えば、価格帯でみるとレジン(樹脂)を使った時計は1万円台で、ステンレスでは7〜8万円ほどだ。チタン製のMR-Gというラインアップになると50万円ほどで、ロレックス並みの価格の商品も用意する。
「要は、マスで受け入れられる価格帯からプレステージ的な値段まで幅広い領域を用意しているのです。私たちは『マス』と『プレステージ』を掛け合わせて『マステージ』と呼んでいます。両方を展開できる時計ブランドはとても珍しいと思っています」
若年層のみならず、大人向けの商品ラインアップも用意したことを強調した。
日本市場と海外市場
G-SHOCKにおける日本市場の特徴は、商品への圧倒的な知名度があり、市場が出来上がっている点だと言う。「例えば、すでに持っているけど、新しいものを買う消費者もいらっしゃいますし、年配の方が高い商品を買うこともあります」
一方、海外では140を超える国・地域で販売している。だが、認知度の差もある。「アジアでは日本発のブランドということで受け入れられています。一方の欧州ではG-SHOCKよりもカシオブランドの時計の方が人気です。XGに加え、影響力がある現地のアンバサダーも起用しながら、ビジネス活動をしています」
近年の具体的な成功事例として、インドを挙げた。「インドは、ステンレス製の時計が市場を支配していました。そこにレジン製のG-SHOCKを投入し、現地で有名なアンバサダーを使ったことで、非常にうまくいきました」。壊れない上に、レジンは軽い。高温多湿という過酷な環境にあるインドのライフスタイルに、製品がマッチしたことが支持された。
一方、市場が成熟している欧州では、ユニークな動きがあるという。「CASIO VINTAGE」という1万円を切るプラスチック製の時計が、ヒットしているのだ。「30年、40年と売っている時計です。それが今、売れている背景には、安いけれど、デザイン、機能面で何も変わらないという普遍性があります。これに若者が共鳴したようです」。この状況を踏まえ、G-SHOCKのデザインコンセプトやデジタル時計を開発し続けてきたというブランドの背景を、もっと伝えていきたいと考えている。
技術的には、どのブランドも真似(まね)のし合いから、似通ってきているのが現状だ。「普遍性を追い求める時“非効率”が、時にカギとなる」と話す。そこで、フルメタルというコレクションの中にある「GMW」が頭文字につくG-SHOCKの初代モデルのステンレス版の販売を分かりやすい事例として挙げた。
「サイズもデザインも同じですが、素材はレジンではなく金属にしています。衝撃により強い商品にすることに、徹底的にこだわりました。製造工程的な観点や目先の数字を追えば、一見は非効率かもしれません。ですがG-SHOCKの哲学を通じて、お客さまを感動させるには、そこを突き詰めないと響かないのです。やれば1983年からずっと継承していることになり、普遍的なモノになっていきます」
では、G-SHOCKのスマートウオッチは作らないのだろうか?
「何年か前から展開はしていて、一定のポテンシャルがあります。ただ、G-SHOCKらしいユニークな価値の提供という意味では、技術的な探求をもっとしないといけません。他のスマートウオッチと同じようなことをするだけでは、不十分ですね。無理をして販売をしている感じが出るので、何か、別の解が必要ですね」と話し、現在も試行錯誤中のようだ。
ロジックと非効率 世界にどこまで広げられるか?
須河部長は、海外営業部の時計営業に異動し、アフリカや中東を担当した。その後は香港とシンガポールに赴任。日本と海外の両市場を知り尽くしている人材だ。外国人相手のビジネスで、日本人が苦手とする論理的な思考を身に着けた。
一方、コスパ、タイパが叫ばれる時代の中で、ロジカルな世界からは非効率と言われるであろうステンレスモデルのG-SHOCKも作る。つまり、数字的な販売戦略ではロジックを積み上げ、デザイン面では人間味があふれる両面性を持つ。
まだ41歳という若き部長によるマーケティング戦略で、G-SHOCKが今後、世界でどのくらい受け入れられるか、注目したい。
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