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【徹底解説】「103万円の壁」は本当に消えたのか? 税制・社会保険・手当の“複雑すぎる実情”働き方の見取り図(3/3 ページ)

年収の壁という言葉自体は明瞭で世の中にも浸透しているものの、その実態や課題は雲をつかむかのようにどこか不明瞭。年収の壁の現在地はどうなっているのか、職場や働き手はどのように対処していけばよいのか考える。

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「年収の壁」本丸は社会保険 106万円・130万円ラインがもたらす働き損

 一方で、年収の壁問題の本丸といえるのが社会保険健康保険と年金の壁です。上限である月収8万8000円を年換算した106万円の壁と、年収130万円を上限とする壁の2種類があります。

 それぞれ、106万円の場合は厚生年金、130万円なら扶養から外れて国民年金に加入するといった違いはありますが、保険料負担が発生すると収入上限までの金額も含めて料率がかけられるため、壁を超える直前より手取りが減って働き損が生じる点で共通しています。

 ただ、106万円の壁については段階的に撤廃されることが決まっています。要因の一つは、最低賃金の急激な引き上げです。ほんの数年前まで1000円は高時給と言われていましたが、いまや全国全ての都道府県で最低賃金が1000円を超える時代になりました。

 もし、パートタイムで週20時間働く場合、年間を52週で計算すると1040時間。時給が1020円だと106万円を超えることになります。2025年度の最低賃金改定では、最も低い県でも1023円に到達しました。今後も同じペースで最低賃金が上がり続ければ、パートタイムで働くうちに自ずと収入が106万円の壁を超えるケースが増えていくと予想されるのです。

 一方、130万円の壁についてはいまのところ変更がありません。引き続き年収の壁であり続けていますが、政府は一定の条件を満たせば年収上限を超えたとしても社会保険の扶養にとどまることなどを可能とする「年収の壁・支援強化パッケージ」を設置しています。

 開始当初は2年を目安とする限定措置となっていましたが、その後恒久化されました。年収が130万円以上になっても、それが一時的な収入変動だと事業主が証明した場合には扶養に入り続けることが可能です。

職場・働き手の混乱を解く鍵は?

 年収の壁をめぐっては厄介な課題が他にもあります。

 しゅふJOB総研で最低賃金上昇の影響を調査したところ、収入上限がある人の49.2%と半数近くが「勤務時間を減らす」と回答しました。年収の壁と最低賃金施策との連携がうまく機能していないため、最低賃金の引き上げが働き控えを助長するという皮肉な状況を招いています。


最低賃金上昇の影響を調査したところ、収入上限がある人の49.2%と半数近くが「勤務時間を減らす」と回答(しゅふJOB総研調べ)

 年収の壁は収入上限を意識して働く人たちに長く影響を及ぼし、時に混乱をもたらしてきました。働き手としては、最適な働き方を選択するために制度が変更される度にルールを確認し、情報をブラッシュアップしていく必要があります。

 一方で、収入上限ありきで働く以外の選択肢を探すことにも一考の余地があるはずです。例えば、短時間正社員として働ける職場を見つけられれば、勤務時間を変えないままでも働き損を気にせずに済むだけの収入が得られるかもしれません。

 あるいはテレワークで在宅勤務できる仕事を見つけられれば、もっと収入を得たい人は通勤時間分も働いて収入を増やすことができ副業もしやすくなります。働き方の多様化が進む中、家庭などの制約があっても両立しながら収入上限を超えて働くための選択肢は徐々に増えてきています。

 また、年収の壁に混乱させられているのは職場も同様です。制度が変わるたびにシフト調整に頭を悩ませ、退職や新規採用などの対応に追われることとなります。働き手と同様に情報収集する一方、職場側も短時間正社員や在宅勤務制度を充実させるなど、働き方の多様化を進めることで解決できることもありそうです。

 今後も年収の壁をめぐる制度が修正されていけば、いずれはシンプルで最適な仕組みが構築されるかもしれません。しかし、これまでの経緯を見る限りそう簡単には行かなそうです。職場も働き手も制度の変更を待ち続けるだけでなく、既成概念にとらわれずに働き方の創意工夫を模索してみると課題解決の道筋が見えてくるかもしれません。

著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)

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ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。

現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。


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