京葉銀が生成AIでコンタクトセンター改革 「地銀DXのリアル」を聞いた
京葉銀行がコンタクトセンターのサービス改善や働き方改革に取り組んでいる。具体的にどんな課題を解決し、ベネフィットを得ようとしているのか。京葉銀行と、生成AI導入を支援した日立製作所の担当者に聞いた。
千葉県を中心に約120店舗の拠点を構える京葉銀行。同行は10月20日、米Genesys社が開発したAI搭載のフルクラウド型コンタクトセンターサービス「Genesys Cloud CX」を導入した。コンタクトセンターのサービス改善や働き方改革に取り組んでいる。
なぜ、新たなサービスを導入したのか。具体的にどんな課題を解決し、ベネフィットを得ようとしているのか。経営戦略の展望は? 京葉銀行と、生成AI導入を支援した日立製作所の担当者に聞いた。
96年設立当初のシステムは老朽化 ハードとソフト両面に課題アリ
京葉銀行がコールセンター部門を設立したのは1996年。最近ではコールセンターが営業の中心的な役割を担うSaaSスタートアップも少なくない。一方で金融機関、特に地方銀行では、多様化する顧客ニーズに的確に応えていくため、営業のメインはあくまで実店舗。コールセンターはそのサポート、という位置付けだったという。
その後、インターネットバンキングの台頭やコロナ禍などを契機に、状況が変わっていく。京葉銀行のコールセンターで利用していたシステムは、設立当初からずっと既存のテレマーケティングシステムだった。システム的な老朽化はもちろん、時代や、新たな中期経営計画の柱に掲げた「オムニチャネル戦略」にフィットしていないとの課題もあった。
コンタクトセンターには30人ほどのメンバーが在籍。システムが古いこともあり、顧客対応はそのメンバーが対応していて、それぞれのスキルに頼る属人的な状態だった。そのため「顧客に提供する案内やサービスが均一化されていない」「ノウハウやナレッジが蓄積されていない」との問題もあったという。京葉銀行の担当者は「ハード・ソフト両面とも課題がありました」と振り返る。
Genesys Cloud CX導入 業務効率化とCX向上
新たに導入したGenesys Cloud CXは、AIを活用したフルクラウド型のコンタクトセンターサービスだ。同サービスはフルクラウド型であるため、特別な機器を設置することなく迅速に利用できる。顧客からのコンタクトは電話に限らず、メールやチャット、SNSなどさまざまな接点を一元管理すると同時に、シームレスにつなぐことも可能だ。
自動音声応答である「IVR」(Interactive Voice Response)中での問い合わせ内容により、適切なオペレーターを選定し、つなぐ機能も備える。いきなりオペレーターが顧客の電話を受けていた以前に比べ、番号選択式のIVRを経由すると、空きオペレーターに自動割り振りされた時点で、どの用件で電話してきたかを音声(ささやき)や画面でオペレーターに知らせてくれるという。
これまではある意味、架電があった時点からのゼロスタートだった。その状況から、事前に準備を整えた状態でコミュニケーションを取れるように変わったのだ。
AI機能も有していて、AIに学習させることで高度かつ便利な機能を実装できるという。各種機能を包括的に運用することで、コンタクトセンターの業務効率化はもちろん、コンタクトをしてきた顧客に対して、質の高いサービスを迅速に提供できるようになる。結果として、顧客満足度の向上に寄与するという。
AIが顧客の声を自動でドキュメント化 データとして蓄積
現状ではまだ、データの蓄積も含めPoC中だという。今後実装していく可能性のある、各種AI機能は次の通りだ。まずは、オペレーターが顧客と電話でやり取りした音声内容を、AIが自動でテキストドキュメントとして蓄積していく機能。
これまでは「オペレーターが日報的な感じで記録している状況だった」という。同機能が実装されれば、オペレーターはAIがドキュメント化した内容を承認するだけ。しかも全文ではなく、要約されたものを確認するというから、かなりの業務効率化が期待できる。
次が、顧客からの問い合わせ内容に応じた回答や必要な情報を、AIが瞬時に補足するサービス「Agent Copilot」だ。専門外の内容を尋ねられた際や、知見が乏しいオペレーターでも、ベテランと変わらない応対ができると期待されている。
京葉銀行の担当者は「オペレーターのストレス緩和という利点も期待しています」と話す。AIの精度が向上していけば、受付は人ではなくAIになるかもしれない。オペレーターが介在することなく、顧客との電話応答が可能になる可能性もあるとの展望を述べた。
日立独自の「ユーザー確認技術」 正答率「58%→86%」に
業効率化に寄与するAI機能はまだある。例えば、利用者からの情報が少ないケースでのサポートだ。「住所変更をしたい」との問い合わせがあった場合、その利用者が個人なのか法人なのかで対応は異なるという。仮に利用者が個人であった場合、AIが法人の内容を答えてしまうと、いわゆるハルシネーションとなり、間違った回答をしてしまったことになる。
そこで「RAG」(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)や「ベクトル検索技術」を用いた、日立製作所独自の「ユーザー確認技術」が力を発揮する。同技術を使うことで、回答が複数ある場合にチェックをし、正しい回答を導き出すことで確率を高めるという。
チャットボットによって同技術を応用すれば下のスライドのように、利用者に個人・法人どちらの手続きなのかの質問を重ねることで、ハルシネーションが起きづらくなる。もちろんオペレーターのサポートとしても活用できるという。
実際PoCでは、同技術を使うことによって、生成AIの回答正答率は58%から86%に上昇したとの成果が得られた。「RAGで使うデータベースを変えれば、同機能は金融機関以外でも使うことができます」と日立製作所の担当者は話す。こちらも既に他業界の企業でPoCを実施しているという。
一方で、さらなる正答率向上に向けては、課題もある。「インターネットバンギング」との音声が利用者から聞かれた際に、サービスそのものを意味しているのか、あるいは支店のことを意味しているのか。「国債」と「国際」の聞き分けなど、金融機関ならではの言葉の言い回しによる難しさもあるそうだ。日立の担当者は「データセットを調整することによって、さらに正答率を高められます」と、力強く述べた。
「100%に達しなくともAIが間違えた回答をした際に、オペレーターが補足するような仕組みを整備することで、実際の場でも十分利用できると考えています」(日立の担当者)
浮いた時間で“攻めの営業”を
「いずれは簡単な質問に関しては人ではなく、全てAIが応対するような状況を実現したい。浮いた時間を活用し、(将来を予測して先回りして能動的に行動する)プロアクティブなコミュニケーションを仕掛けていこうと考えています」
京葉銀行の担当者は、今後の展望をさらに述べた。同行のコンタクトセンターには年間約50万件の問い合わせがある。その多くが「〇〇さんをお願いします」といったシンプルな内容だという。いかに膨大な時間が今回のシステム刷新と、AI活用により捻出されるかが分かる。新たなビジネスチャンスも生まれそうだ。
店舗主体の営業の話に関連するが、現在オペレーターとして働いているメンバーは、もともとは案内業務など営業店のサポート業務を担っていたという。それが世の中の流れやコロナ禍などにより、コンタクトセンターとして集約されていった背景もあるそうだ。つまり、もともとプロアクティブな業務スキルは備えていたことになる。
京葉銀行は前述した通り、中期経営計画の柱に「オムニチャネル戦略」を掲げていて、今回の取り組みはまさに戦略と合致するものだ。同行の顧客には高齢者も多く、「担当者と直接会ってコミュニケーションすることを望むお客さまもいます。実証やさまざまなユースケースを検討しながら、慎重に進めていきます」と、京葉銀行の担当者は話す。
実証中の機能やサービスが実装されれば、オペレーターの働き方が改善されることは間違いない。京葉銀行では働き方改革とブラッシュアップも同時に進めることで、顧客満足度、従業員満足度の向上を目指している。実際、その状況は生まれているという。
「導入前は不安に感じるメンバーもいましたが、実際に導入してみると電話応答後の作業が減少するといった効果や、AIが生成した文章の質に感心するなど、ポジティブに受け取っている従業員が多い印象です」(京葉銀行の担当者)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
日立、生成AIで回答精度を大幅向上 京葉銀行のコールセンターで検証
日立製作所は、京葉銀行のコールセンター業務で、独自の「ユーザー確認技術」を活用した生成AIの技術検証をした。
コールセンターの顧客応対を“AIが代替” ソフトバンク子会社の「AIオペレーター」とは?
ソフトバンクの100%子会社・Gen-AX(ジェナックス)が、生成AIを活用した業務改革で注目を集めている。「AIオペレーター」はコールセンターの顧客応対を変えるのか?
ソフトバンク子会社「Gen-AX」設立の狙い 「AIによる業務変革」はどこまで進むか?
ソフトバンクのグループ企業には、生成AI開発に注力する企業として、SB IntuitionsとGen-AX(ジェナックス)がある。SB Intuitionsは生成AIの研究開発を担い、Gen-AXは生成AIのSaaSによる開発・運用とコンサル事業を手掛けている。Gen-AXの砂金信一郎社長に、設立の経緯や狙いを聞いた。
生成AIでコンタクトセンターを改革 住信SBIネット銀が効率性の「次に目指すもの」
住信SBIネット銀行は最新の生成AI活用でコンタクトセンターを改革している。「電話で問い合わせても結局たらい回しになる二度手間は避けたい」。同行業務部の山本博一氏はそう話す。チャットと電話応対の革新の「次に目指すもの」とは?
AI競争は「Googleの圧勝」で終わるのか? Gemini 2.5 Proの衝撃
米国のテック系人気ユーチューバーの何人かが、こぞって「AI開発競争はGoogleが勝利した」という見出しの動画をアップしている。これでGoogleの勝利が決定したのかどうか分からないが、少なくともOpenAIの首位独走の時代は終わったのかもしれない。
ソニー平井元CEOが語る「リーダーの心得5カ条」 若くして昇進した人は要注意
ソニーグループを再生させた平井一夫元社長兼CEOが自ら実践し、体験を通じて会得したビジネスリーダーに必要な要件とは?
生成AI「本部では使われているけど……」 みずほFGがぶち当たった、社内普及の壁
みずほフィナンシャルグループは、生成AIツールの導入を進めている。だが、その利用率を見ると、本部と営業部店で顕著な差があるという。今後、どのように社内普及を進めようとしているのか? 推進役のキーマンが語った。
生成AIを導入しても“社員が使わない” 「生成AIプロンプト道場」の奮闘
生成AIを導入したはいいものの、実際に「活用」できていない。こうした課題を抱える企業が少なくない中、独自の社内プロモーションによって生成AIの利用者を伸ばしたのが、資産運用会社のアセットマネジメントOneだ。「生成AIプロンプト道場」の取り組みに迫る。



