英語交渉で米SpaceXと向き合う Starlink事業の最前線に立つ「KDDI・28歳」の挑戦:教えて!あの企業の20代エース社員
KDDIのStarlink事業の最前線に立つのが事業創造本部の山口葵さん(28歳)だ。SpaceXとの交渉時の米国出張には、松田浩路社長のアテンドを経験した若手のホープでもある。20代でグローバルビジネスの現場に立つ若手社員は、何を武器に戦い、どこへ向かおうとしているのか。
教えて! あの企業の20代エース社員
あの企業の20代エース社員にも「新卒1年目」の頃があった。挑戦、挫折、努力、苦悩――さまざまな経験を乗り越えて、今の姿がある。企業に新たな風を吹き込み、ビジネスの未来を切り開く20代エース社員の「仕事」に迫る。
通信インフラを担うKDDIは、5Gや光回線といった地上系ネットワークに加え、衛星通信という新たな選択肢を事業ポートフォリオに組み込んでいる。その中核を担うのが、米SpaceXと提携して展開する低軌道衛星通信サービス「Starlink」だ。
SpaceXは、米TeslaのCEOであるイーロン・マスク氏が2002年に設立。民間企業として初めて有人宇宙飛行を成功させた巨大テック企業だ。
KDDIは、そのSpaceXと2021年に業務提携して以来、国内通信キャリアとして、いち早くStarlinkの導入を推進してきた。販売代理店としての枠を超え、国内の法人や自治体の需要に合わせた通信網の設計や導入支援までを一貫して手掛けている。
災害時などの事業継続計画であるBCP(Business Continuity Plan)として、山間部・離島・海上といった従来の通信インフラではカバーが難しかった領域の対応など、Starlinkは日本市場において明確な事業価値を持つ。一方、海外企業との契約交渉や、日本特有の市場要件をどうすり合わせるかといった課題を抱えていた。
その課題解決の最前線に立つ一人が、KDDI 事業創造本部 LXビジネス企画部 通信ビジネス1グループの山口葵さん(28歳)だ。2021年、現社長の松田浩路氏が事業創造本部長を務めていた時代に、同本部の新卒一期生として入社。SpaceXとの交渉時の米国出張には、松田社長のアテンドを経験した若手のホープだ。
山口さんは、高校から海外へ留学。大学時代はSNSで英会話プログラムに関するビジネスを立ち上げた。KDDIでは、英語力を駆使しながら新規事業の立ち上げを経験。点のように見える経験は、いま一本の線となってつながっている。20代でグローバルビジネスの現場に立つ若手社員は、何を武器に戦い、どこへ向かおうとしているのか。
山口葵(やまぐち・あおい) KDDI 事業創造本部 LXビジネス企画部 通信ビジネス1グループ 。高校時代にカナダに4年間バスケットボール留学。2021年4月、現社長の松田浩路氏が事業創造本部長を務めていた時代に、同本部に新卒一期生として入社。事業創造本部 次世代基盤整備室(現LXビジネス企画部)に配属。2023年10月、通信ビジネスグループに異動し、Starlinkの日本市場展開に向けた米SpaceX社連携を担当(以下撮影:アイティメディア今野大一)
15歳で海外へ バスケットボールが教えてくれた向き合う力
山口さんは、現在、留学時代に培った英語力を生かし、SpaceXとの交渉や日本市場展開の実務に深く関わっている。原点は、意外にも「英語」ではなく「バスケットボール」だった。中学時代からバスケットボールに打ち込み、より高いレベルの環境を求め、高校進学のタイミングでカナダへ「バスケット留学」をする。バンクーバー近郊のビクトリアで4年間、本気でバスケットボールに向き合った。
中学卒業と同時に親元を離れるという決断もさることながら、自分が信じた道に突き進む行動力は、この時期に培われていたという。
「怖さや心配はありませんでした。とにかくレベルの高い環境でバスケがしたかったので」(山口さん)
現地の高校の部活動は、入団テストのあるトライアウト制だった。誰でも入れる日本の部活動とは異なり、12人の枠を勝ち取らなければコートに立てない。試合数も日本の2倍、3倍に及ぶ。そこでの経験は、後のキャリアにも通じる「競争環境に身を置く覚悟」を育てた。
大学の進学では、日本へ帰国。帰国後は、法政大学スポーツ健康学部に進み、競技からは一線を引いた。ここから留学で培ってきた英語力を生かした山口さんの新たな挑戦が始まる。
学生時代に経験した小規模ビジネスと事業感覚
大学進学後、山口さんは英語を使ったSNS発信に取り組んだ。InstagramやTikTokで英会話コンテンツを発信し、総フォロワー数は数万人規模にまで成長。そこから小規模ながらも、英会話プログラムというビジネスの立ち上げを経験した。
「小さいながらも、企画して、集客して、価値を届けるという一連の流れを体験できたのは大きかったです。どうすれば相手に伝わるかを徹底的に考えました。反応が数字で返ってくるので、改善点も分かりやすかったです」
この経験は、現在の企画立案や交渉で大きな武器になっている。一方で、スタートアップとして独立するよりも「もっと大きな規模で事業を動かしたい」という思いが強くなっていく。そこで選んだのがKDDIだった。
KDDIは、有望スタートアップが選ぶ「イノベーティブ企業ランキング2025」で8年連続1位を獲得するなど、挑戦を後押しする企業姿勢に定評がある。山口さんは、通信業界への強いこだわりがあったわけではなく、グローバルに活躍できる点と、大企業でありながら新しい挑戦を続けている点に魅力を感じたという。
新規事業の現場で問われた役割と意思表示
2021年にKDDIに入社し、通信以外の新たな事業創出をミッションに掲げる事業創造本部に配属された。当初はオンライン専用の格安携帯プラン「povo」を活用したアライアンス施策を担当。JR東日本との連携キャンペーンなどに携わったものの、事業は途中でクローズする。
「正直、最初はうまくいきませんでした。施策をつくることに意識が向きすぎて、ユーザー視点が欠けていたと反省しています」と山口さんは話す。
新規事業の現場では珍しくない結末だ。試行錯誤の経験は、山口さんにとって大きな学びとなった。
一方で、山口さんが一貫して周囲に伝え続けていたのが「英語を使ったビジネスに関わりたい」という意思だった。成果が出ない時期であっても、自身の強みを言語化し、社内外で英語対応が必要な場面には積極的に関与した。その積み重ねが、2023年からのStarlink関連業務への参画につながる
海外企業との交渉で直面した意思決定プロセスの違い
「日本企業の慎重さと、米国企業のスピード感。その違いをどう橋渡しするかが一番難しいです」(山口さん)
Starlinkの交渉で直面した最大の壁は、意思決定のスピードと事業観の違いだ。スピードを最優先する米国企業と、慎重さを重んじる日本企業。その間に立ち、両者の論理をつなぐ役割が求められた。
山口さんが意識したのは、一方的に要望を伝えるのではなく、提案する姿勢だ。SpaceXが重視するKPIは何か、日本市場がSpaceXにとってどのような価値をもたらすのか。相手の視点に立った対話が、交渉を前に進めていった。
現在は、SpaceX社とほぼ毎日メールでやりとりし、隔週で定例会議を実施。日本国内でのStarlink拡販を目標に業務を進めている。
Starlinkがもたらす事業機会と日本市場特有の課題
Starlinkの日本展開では、BCP対策としての活用が中心だ。災害の多い日本市場にStarlinkを浸透させるためにSpaceX社に協力を仰いでいる。加えて、山間地帯や海上など、従来の通信インフラではカバーが難しかったエリアへの展開や、山小屋向けWi-Fiサービスなど、新たなユースケースの創出にも取り組んでいる。
Starlinkを単なる衛星通信として終わらせず、KDDIの既存事業とどう接続し、いかにして持続可能なモデルに組み込むか。その実務を、山口さんは日々積み重ねている。
グローバル案件ということもあり、業務の進め方も特徴的だ。裁量労働制のもと、午前中は米国との時差を考慮して業務を進め、必要に応じて夜間に再び対応することもある。
挑戦を前提とした組織文化とマネジメント
KDDIの文化について、山口さんはこう語る。「失敗するよりも、何もしない方が怒られる会社だと思います」
通信インフラという安定した基盤があるからこそ、新しい挑戦が許される。役職が上がるほど自ら動き、背中で示す。そんな上司や先輩の姿勢も刺激になっているという。
SpaceXの本社には、2023年と2024年6月の2度訪問した。1回目は正式配属前で、通訳としての同行だった。だが2回目には、自ら会議をファシリテートする立場を任されるまでに成長していた。
「昨日の情報が、翌日には変わっている。そんなスピード感のある環境でした」
本社ではロケット工場も見学し、実際にロケットが製造されている現場を目の当たりにしたという。また、松田社長との出張同行を通じて、細部までこだわる姿勢の重要性を学んだ。大枠で理解することを良しとしがちな米国企業に対し、日本人ならではのホスピタリティとして細部まで詰める姿勢が、信頼構築につながると実感したという。
「役職が上になるほど、より良い仕事をする会社だとも感じました。雲の上の存在ですが、社長でも自ら現場で情報を取る姿勢は強く印象に残っています」(山口さん)
20代という時間をどう使うか
Starlink事業を通じて、山口さんは20代の強みについても実感している。肩書きや役職に縛られず、自由に挑戦できることだ。山口さんは「将来KDDIを代表するサービスを手掛けたい」と目標を語る。
「今は、StarlinkとKDDIを結び付けることに全力を注いでいます。将来的には、どの会社でも通用する英語交渉のスペシャリストになりたいです」(山口さん)
20代という時間を最大限に使い、挑戦を続けるKDDIのエース社員。その挑戦は今後、さらに加速していくだろう。
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