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現場主導でアプリの生成からデータの活用まで 東急がAIで進める市民開発の現在地

生成AIの普及によって、社員が自らアプリを作る「市民開発」が進化している。AIでアプリを作るだけでなく蓄積したデータを活用してAIを使いこなすためには、どのような仕組みが必要なのか。ノーコードとAIによって、現場主導のDXを加速させる東急の事例から明らかにする。

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 生成AIの急速な進化によって、人々は高度な技術の恩恵を受けられる時代になった。

 しかし、それをいかに業務に組み込んで成果に結びつけるかという点では、多くの企業が未だ正解を模索している段階だ。AIを「便利なチャットツール」で終わらせず、課題を解決する「仕組み」に昇華させるにはどうすればよいのか。

 その一つの解が、社員自らが支援ツールを活用して業務をデジタル化し、課題解決に導く「市民開発」だ。

 鉄道を基軸に、渋谷を中心とした都市開発、生活サービス、ホテルなどの事業を展開する東急株式会社(以下、東急)。同社は業務の効率化のために、2025年2月から市民開発に取り組み始めた。

 東急が市民開発を実践するために選んだのは、ノーコード開発ツール「kintone」と、kintoneに搭載されている「kintone AI」だ。これらを活用することで、現場主導の業務改善をスムーズに進めている。

 AIを活用した変革をどのように推進しているのか。同社で市民開発を主導する千野陽太氏と、公認会計士として主計グループをけん引する熊井佑一氏に聞いた。

AI活用の3段階――触れさせて、組み込んで、事業を高度化する

 AI活用において、東急は3つの段階を掲げている。

 第1段階は社員がAIに日常的に触れる機会を増やして、活用イメージを育むこと、第2段階はAIを業務に組み込んで定着させること、第3段階はAIによって事業を高度化することだ。

 千野氏は、背景をこう説明する。

 「AIを導入して業務効率化や新規ビジネスを考案するためには、まず現場に触れてもらい、何ができて何ができないかを知ってもらう必要があります。これまでの取り組みを通してユースケースは既に出てきているので、今後はそれをいかに広げて活用を促すかが鍵になります」

「持ち帰らない」支援が生んだ“WoW体験”

 東急はIT人材ではない社員でも業務改善に取り組める体制として、「市民開発事務局」を設置している。課題が分からない、困っている業務を効率化したいという声に対して、市民開発事務局が伴走支援しながら課題を明確化している。

 市民開発事務局によるサポートの一つに、AI活用の第1段階「活用イメージを育む」の取り組みがある。kintone AIの「アプリ作成AI」だ。

 事務局を率いる千野氏は、社員をサポートする際に「相談を受けた案件を持ち帰らない」という姿勢を大切にしている。

 「要件のヒアリング後に『一度持ち帰ります』と言えば、相手の熱量は冷めてしまいます。だからその場でアプリ作成AIに要件を入力して、アプリの雛形をすぐ見せるようにしました。例えば『ESG関連でこういうことをやりたい、項目はこんなものが必要そうだ』という文章をアプリ作成AIに入力すると、内容に合わせてAIがスピーディーにアプリを作ってくれます。できたアプリを社員に見せて『合っていますか』と聞くと大体合っているので、『こんなすぐに作れるんですね』という"WoW体験"ができるのです。自分たちの要望が目の前で形になる体験を得てもらうことで、『これなら自分たちでもできそう』という感覚につながっています」

 アプリ作成AIは、ユーザーの要望を理解して適切な入力項目や構成を提案する。システム開発やAIの専門知識がなくても、ユーザーは業務を短時間で改善できる点が強みだ。

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東急の千野陽太氏(デジタルプラットフォーム ITソリューショングループ 参事)

「あの資料はどこ?」 情報探しを繰り返す非効率を解消

 AI活用の第2段階「AIを業務に組み込み、定着させる」でも、成功事例が生まれつつある。

 その代表例が、主計グループにおける情報探しの効率化だ。情報の蓄積に伴って「あの資料、どこだっけ?」「過去の類似ケースはどう判断した?」という非効率が長年の課題だった。

 5年前に東急に入社した熊井氏は、当時をこう振り返る。

 「会計論点の情報や監査法人とのやりとりは、毎年膨大な数に上ります。しかし、それらは共有フォルダに格納されるだけで、担当者が変わるとナレッジはたちまち埋没してしまいます。何かあると数年前のフォルダを探し回り、古いメールを掘り返していました。情報を探して読み解くだけで1日の大半が終わってしまうこともありました」

 特に社員を悩ませていたのが、業界用語や暗黙知だ。同社の業務は「権利床(けんりしょう)」や「保留床(ほりゅうしょう)」などの言葉が飛び交う。これらは不動産業界の専門用語であり、簿記の教科書には載っていない。これらの用語や知識について正確に把握しているのは特定のベテランに限られるため、若手や中途社員は確認が必要になり、教える側も同じ説明を繰り返す必要があった。

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東急の熊井佑一氏(財務戦略室 主計グループ 参事、公認会計士)

 こうした課題を解決したのが、kintone AIの「検索AI」だ。

 RAG(検索拡張生成)を組み合わせたこの機能はPDFやExcelに記載した情報、監査法人とのやりとりの記録などを学習できるため、自然言語で「あのときの権利床の処理はどうなった?」と質問すればAIが該当箇所を要約して回答してくれる。

 kintone AIの導入後、財務戦略室の「会計ナレッジ検索アプリ」には数カ月で560件を超えるレコードが蓄積され、かつて数時間を要していた過去の案件の掘り起こし作業が大幅に短縮された。

「回答の根拠となる元資料のリンクまでAIが明示するので心強いですね。検索のストレスが消えて、本来の仕事である『判断』に時間を使えるようになりました」と熊井氏は話す。

 新人教育の場でも、AIは活用され始めている。先輩たちのPCに眠っていた数々の資料をAIに読み込ませることで、新人は心理的なハードルを感じることなく、いつでも、何度でもAIに質問できるようになった。

 「新人が『権利床の処理について教えて』と聞けば、AIが資料に基づいた正確な答えを返してくれます。心理的なハードルを感じることなく、自律的に学べる環境ができました」(熊井氏)

 新入社員でもAIからベテランのノウハウを引き出しながら実務をこなせる環境が将来的に整えば、事務処理に追われず、本来の業務に集中できるようになるだろう。

※会計処理や財務諸表作成における、一意な判断はできず検討や合意が必要になる事項のこと。

昨日まではできなかったことが、今日できる

 千野氏は、「何よりの成果は社員たちの変化です」と語る。

 「自分たちが作ったアプリについて楽しそうに語る社員が増えつつあります。それは、市民開発という手段を社員が知り、AIの補助を受けるとともに『昨日まではできなかったことが、今日できる』という成功体験を得たからでしょう。こうしたワクワクする喜びこそが、次なる活用への最大の原動力になると考えています」

 市民開発によるAI活用は徐々に広がっている。市民開発事務局が伴走支援しているプロジェクトは60を超えた。

 今後の展望について、千野氏は「いかに自分事としてもらうかがポイントです。成功事例だけでなく失敗事例も共有してもらうと同時に、皆でAI活用を推進させたいですね」と語る。

 熊井氏も、AIとの向き合い方について次のように語る。

 「会計士は以前からAIに置き換わると言われてきました。だからこそ、AIを使いこなす側に回る必要があります。AIは私たちの仕事を補完して、より高度な判断へと導いてくれる存在です。使っていかないと遅れてしまうという課題感を持っています」

 昨日まではできなかったことが、今日できる。このシンプルな喜びの積み重ねが、現場に少しずつ変化をもたらしている。AI活用の第3段階「AIによる事業の高度化」を実現できる日もそう遠くはなさそうだ。

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