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改札に「かざす」歴史が終わる──東武「顔認証」とJR東「スマホ無線」の覇権争い

東武鉄道と日立は、生体認証サービス「SAKULaLa」を用いた顔認証改札を池袋駅で実用化し、移動から買い物・宿泊まで手ぶらでつながる「顔ID生活圏」を始動させた。既存改札への後付け対応や高いセキュリティ技術が強み。一方で、個人情報の心理的ハードルやラッシュ時の処理速度に課題も残る。対するJR東日本はスマホアプリを活用した無線(UWB)方式で対抗。次世代改札とデジタルIDの標準化を巡る主導権争いが本格化している。

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 ポケットからスマートフォンを取り出す必要も、ICカードをかざす必要もない──。ただ改札を通り抜けるだけで、カメラが本人を瞬時に識別し、扉がスムーズに開く。そんな“手ぶら体験”が、1日42万人が行き交う巨大ターミナル・池袋駅で現実になった。

 東武鉄道と日立製作所は7月15日、生体認証サービス「SAKULaLa」(サクララ)を用いたウォークスルー型顔認証改札の実用化を果たし、運用を開始した。すでに東武ストアや東武ホテルで先行導入してきた生体認証が「駅改札」という社会インフラと接続。移動から買い物、宿泊までが手ぶらでつながる「顔ID生活圏」が本格稼働した。

 一方、JR東日本は専用アプリを入れたスマホを活用した「UWB」(Ultra Wide Band、超広帯域無線)方式で次世代改札の実証を重ねる。

 生体認証の「顔」と、通信技術の「UWB」。利便性とプライバシーの壁を乗り越え、日本のデジタル社会の標準を握るのは?──手ぶらインフラの未来を巡る探求が始まった。


生体認証サービス「SAKULaLa」を活用した、改札機と連携可能な顔認証改札の仕組みを実現(以下クレジットのない写真は撮影、アイティメディア)

池袋で始動 改札からホテルまで「顔」でつなぐ東武経済圏

 日立などは、顔認証改札を東武東上線の池袋駅と上板橋駅に設置した。2駅間の利用者はこの改札を、PASMO定期券と顔画像を登録することで利用できるようにしている。改札機には2台の顔認証用カメラを設置。カメラで本人確認をすることで、改札にICカードやスマホをタッチすることなく通過できる仕組みだ。


改札機には2台の顔認証用カメラを設置。カメラで本人確認をすることで、改札にICカードやスマホをタッチすることなく通過できる(プレスリリースより)

 顔認証技術を実用化したパナソニック コネクトによると、改札を通過する際に帽子、サングラス、マスク全てを着用して顔の表情が分かりにくい場合、認証に影響があるという。ただマスクかサングラスなど、どれか1つだけならば、十分に認証ができるそうだ。認証スピードは、歩いて改札を通過するには問題ないレベルだという。

 現在SAKULaLaには、すでに約2万人が登録している。1日42万人が利用する大規模ターミナルの池袋駅で導入が順調に進めば、ほかの鉄道会社への利用拡大の可能性が広がる。


各社の連携状況(プレスリリースより)

 この顔認証改札システムの開発には、主要な改札機メーカーであるオムロン ソーシアルソリューションズ、日本信号、東芝が参加した。主要3社の参加によって、ほかの鉄道会社の改札にも導入が期待される。

 顔認証の活用は、鉄道の改札だけにとどまらない。オフィスでの入退管理や会員証の確認など本人認証として活用するほか、今後はひも付けたクレジットカードでの店舗決済への活用など、幅広いサービスへの展開を目指している。また、すでに東武グループでは、傘下の東武ストアや東武ホテルなどで指静脈認証による決済やチェックインの仕組みを導入済みだ。顔と指静脈の両方を登録しておけば、利用できる場面がさらに拡大する。人手不足に悩む店舗やホテルでの省人化・省力化に直結する実績が、すでに積み上がっている。

 東武と日立は、この顔認証方式を駅ビルや周辺の小売店舗へとさらに広げていく構想だ。改札から買い物、宿泊までが手ぶらでシームレスにつながれば「顔ID」だけで移動も消費も完結する「手ぶら生活圏」が現実のものとなる。

 開発に関わってきた日立の池上隆介マネージド&プラットフォームサービス事業部デジタルアイデンティティ本部本部長は「東武鉄道さまと共に、顔認証改札を手始めにSAKULaLaを生活圏に根付いた社会インフラシステムとして普及させたい」と話す。

 この顔認証システムは、2025年に東武鉄道の栃木地区で運用を始め、2026年5月に東武宇都宮駅でのウォークスルー型改札の運用を経て、7月には池袋駅・上板橋駅へ拡大した。今後は船橋駅などにも広げ、2027年度以降は東武線全体へ順次展開する計画だ。


池上隆介(いけがみ・りゅうすけ)1999年に日立に入社、2017年にサービスプラットフォーム事業本部セキュリティ事業統括本部セキュリティソリューション本部サイバーセキュリティ部 部長、2023年マネージド&プラットフォームサービス事業部セキュリティソリューション本部本部長、2025年同事業部デジタルアイデンティティ本部本部長に就任

改札機の取り替えは不要 鉄道会社を引きつける「日立技術」のコスト優位

 このシステムの運用に当たって欠かせないのが、顔という個人情報の保管だ。そのために日立の特許技術である生体認証基盤「PBI」(Public Biometric Infrastructure)を活用したSAKULaLaと、パナソニック コネクトの顔認証技術を連携させることで、顔情報を安全に保管して、スピーディーな認証ができるという。

 具体的には、生体情報そのものを保存するのではなく、復元できない形に変換した情報だけをクラウドに保存するシステムになっている。万が一、情報が漏えいしたとしても、不正利用できないよう安全対策を施している。

 利用者の顔についての情報はSAKULaLaが保管、管理する。ただし、生体情報そのものを保存するのではなく、PBIによって暗号化された公開鍵のみを保管する仕組みだ。

 そのため、鉄道会社は面倒な個人情報の保管をする必要がない。また改札機本体の新規の入れ替えをしなくても、後付けで顔認証システムの導入ができるため、導入に掛かる工期やコストを抑制できる利点がある。


日立の特許技術であるPBI(Public Biometric Infrastructure)を活用したSAKULaLaと、パナソニック コネクトの顔認証技術を連携させることで、顔情報を安全に保管して、スピーディーな認証ができる(プレスリリースより)

「顔写真」心理的ハードルをどう超える? 指静脈併用で見せる「日本型」

 今回の顔認証改札は、顔の情報を登録した利用者のみが利用できる形だ。顔情報を登録したくない利用者は、これまで通りタッチ方式で改札を通過できる。

 海外を見ると中国や韓国では、顔認証を使った改札方式は一定程度普及しているという。しかし、日本の場合は個人情報、中でも顔情報を他者によって保管、管理されることには抵抗感のある利用者も存在する。一方、日立は指静脈の情報を使った生体情報管理システムも実用化している。指の静脈情報はリーダーに指をかざす方式のため、納得した上で情報を提供していると見なせる。

 池上本部長は「それぞれの事業者にふさわしい形で生体情報を利用してもらえればいいと考えています。日立は顔と静脈という2つの認証方式を持っているので、事業者が状況に応じて選べるのが強みです」と話す。顔認証システムは、手ぶらで買い物などができる利便性と、究極の個人情報ともいえる顔情報の保護とのバランスをどう図っていくかが、普及のカギを握っているといえそうだ。

顔認証vs.スマホ無線──「デジタルID主導権」を握るのはどちらだ

 日立などは同日、池袋駅で報道陣を前にデモンストレーションを実施した。実際のデモでは、東武鉄道の職員が改札を通過した際に、数回、認証できない場面があった。

 今回は、報道陣を含む関係者が改札機周辺に集まるなど、通常の利用環境とは異なる状況下での実施となった。だが実際のラッシュ時の運用を考えると、迅速な顔認証によってスムーズな通過を実現できるかがポイントになりそうだ。認証に時間を要する場合には、改札トラブルにつながる恐れもある。

 一方、JR東日本は無線通信を使ったUWBを活用したウォークスルー改札の実証を進めてきている。スマホにアプリを入れるだけで使え、顔などの生体認証は必要ない。

 今年に入ってデモ実験を実施しており、上越新幹線でも実験をした。2027年春に広域品川圏の5駅で実証実験を開始する予定だ。同社は、UWB方式が最も速く改札で認証ができるとして、次世代改札の本命になると自信をみせている。このほか、大阪メトロは2025年3月に、全134駅中130駅に顔認証改札機を設置し、本運用を開始した。東京メトロも無線通信方式の実証実験をしている。

 池上本部長は「この方式にどの企業でも参加できるようフルオープンで進めています。どこかを排除するというのではなく、あくまでオープンなプラットフォームを作りたいと考えています」と打ち明ける。

 最終的にどちらの方式が普及するか、今の段階では読めない情勢だ。利用者にとっては方式が異なっても意識せず利用できる環境が望ましい。導入の仕方によっては「JR対民間鉄道」という構図での対決になる可能性もありそうだ。

 顔認証か、UWBか――。次世代改札を巡る競争は始まったばかりだ。勝敗を決めるのは技術力だけではない。利用者が安心して個人情報を預けられる仕組みを築けるかどうか。利便性と信頼性を両立できた方式が、次世代改札の標準となりそうだ。

 この競争は、鉄道会社だけの競争ではない。顔認証や無線通信を軸にしたデジタルIDの主導権争いでもある。改札で始まった競争が、決済や行政サービスへと広がる可能性もあり、その行方は日本のデジタル社会の姿を左右することになりそうだ。


SAKULaLaの描く世界(プレスリリースより)

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