副業も「成果の一部」になる時代へ 日立Lumada担当部長が実践する「副業管理職」という働き方
日立製作所で副業として地域活動に参画する斎藤岳さん。多忙な本業と副業との間で、どのように働き方を調整しているのか。今後の会社と社員の関係をどう見ているのか? 2030年の働き方について聞いた。
日立製作所は2023年10月、社内副業制度の試行を始めた。上長承認のもと別部門・社外での業務に挑戦できる枠組みを整えた。
こうした制度を活用し、地域活動に参画するのがAI&ソフトウェアサービスビジネスユニット、アプリケーションサービス事業部の斎藤岳さんだ。本業で高度な役割を担いながら、週末は地域のクラフトビール醸造に携わっていることは【企業ブランドを外すと何が残る? 日立の管理職が“ビール醸造”から学んだ、2030年の副業のかたち】で紹介した。
斎藤さんは、日立のDX支援事業「Lumada」(ルマーダ)を使った協創支援を率いながら、社内外で「AIアンバサダー」として生成AI活用の推進役を担う。顧客の経営層への制度設計提案から現場実装までを、一気通貫で支える立場にある。
多忙な本業と副業との間で、どのように働き方を調整しているのか。今後の会社と社員の関係をどう見ているのか? 2030年の働き方について、斎藤さんに聞いた。
斎藤岳(さいとう・がく)日立製作所 アプリケーションサービス事業部 テクノロジートランスフォーメーション本部 LSH適用推進部 部長。同社入社後、ミッションクリティカルな大規模アプリケーション開発(金融、自動車、流通)に従事し、社内での開発効率化の成果をもとに、お客さま向けのソリューション開発・ビジネス化を推進。システムエンジニア・プロジェクトマネージャー・ITアーキテクトなど複数のロールで多くのプロジェクトを牽引してきた経験を生かし、現在は「Lumada Solution Hub」をプロダクトマネージャーとして管掌し、アプリケーション開発や日立社内でのナレッジシェアリングへの生成AI活用を推進中
部長職の残業時間は? 副業も成果として扱う時代へ
――本業の日立では、部長という管理職を務めています。残業時間はどの程度のイメージでしょうか。
私は管理職のため、厳密に「残業」という捉え方はしていませんが、一般的な感覚に置き換えると月に30時間前後というイメージです。日によって波があり、グローバル会議の都合で早朝対応が入ることもあります。結果として、1日当たりプラス1〜2時間分の仕事量になる日が多く、月間では20〜30時間に収まることが多いですね。
――斎藤さんは日立では、AI開発・活用のエキスパートである「AIアンバサダー」という立場にもいます。生成AIの社内展開では、どのような役割を担っていますか。
2つの観点で旗振りをしています。1つはエンタープライズアプリケーション開発の領域への適用を加速する活動で、AIを活用したフレームワークの整備、推進、普及を担っています。
もう1つはLumadaの活動とも連動する形で、AIに関連するアセットを蓄積するものです。例えば、暗黙知を形式知化してスケールさせるためのプラットフォームやプロセスを整備し、社内外に広げる役割です。
どちらも利用者が使える形に落とすことを重視していて、現場の負担を下げる考え方をして取り組んでいます。
――顧客企業の経営層への説明や、支援にも関わっているそうですね。
はい。Lumadaに興味をお持ちのお客さまに対して、デジタル変革を支援しています。Lumadaは単なる技術やプラットフォームではありません。「企業DXを通して会社自身をどう変えていくか」という目線で、制度設計や運営モデルまで含む取り組みです。
ですから顧客企業の経営陣の方々や、特定のソリューション事業を立ち上げようとされている責任者の方に対しては、ソリューション自体の中身を検討するだけでなく、管理会計の制度設計や責任組織の置き方、横串で合意形成を進める体制など、変革を回す仕組みも含めて説明します。再現性のあるソリューション事業として回し続けるためのガバナンスと方法論を、セットで提示するのがポイントですね。
――具体的にはどのような支援をしているのですか。
例えば、JFEスチールさまと共に展開しているソリューションビジネス「JFE Resolus」を、ビジネスとしてどうスケールさせていけるのか、という目線で取り組みを進めています。
こうした例では、企業がソリューションビジネスを新たに立ち上げる際、いわゆるモノ売りからコト売りへのシフトを目指し、Lumadaでの学びをベースに「組織と制度」「責任体制」「会計と評価」「アセット化と横展開」の設計を顧客企業と一緒に描きます。
その上で、現場で使うアプリケーションやデータ基盤にこれまでのアセットを実装して、短いサイクルで価値検証を回せる状態にします。経営側と現場側の「段差」をなくすために、さまざまなことに取り組むのが自分の役割です。
2030年の働き方は「自律と越境」
――重い責任があり、やりがいのある本業だと思います。働き過ぎを避けるためのスイッチオフの工夫はありますか。
明確にオフへ切り替えるルーチンを設けています。毎日の犬の散歩を朝と夜に設定し、午後6時台〜7時前に一度完全に仕事を切る。午前6時半〜7時台の散歩をウォーミングアップに当てて、頭を整えてから業務に入る。こんなリズムです。
以前は夜中まで仕事のことをいくらでも考えてしまったり、続けてしまったりするような癖がありました。今は散歩を合図に「その日のアウトプットは終わり」と決めることで、考え続けてしまう状態を断ち切れるようになりました。軽い連絡対応などはしても、思考を要するタスクは翌朝に回す運用を意識しています。
――評価や人事制度は、働き方の変化に対応できるでしょうか。
今後は「どれだけ自身の担当業務だけではなく、幅広い貢献をしたか」を、評価軸として組み込む必要があると思います。自分の担当領域を深くやり切ることは前提として、ナレッジを社内外に開き、横断的に価値を渡せる人材を評価する方向にシフトしていくはずです。
副業もその延長線上で、ケイパビリティを拡張した成果として正面から評価されることが望ましいでしょう。現状は「認める」止まりのケースが多いですよね。これが「推奨し、成果として評価する」段階に進むことが、組織の競争力を向上させると考えています。
――個人と組織の関係は今後、どう変わると考えますか。
個人の自律と、横断的な貢献が前提になっていくと考えています。所属する事業のKPIをやり切るのは当然として、10〜20%の時間を横断的な支援や知の共有に振るような制度設計が広がれば、組織を越えた価値創出が進みます。
副業や地域活動は、異なる速度と物差しを持つ現場で、仮説検証を繰り返す格好の場です。相手を起点として短く伝える力や、合意形成力を磨く実地訓練になるからです。そうした往復運動が標準化されれば、個人の選択肢は広がり、組織の総合力も底上げされていくはずです。
――日立でも、組織が個人に求めるものが少しずつ変わっていった感じでしょうか。
私自身の感覚も含めてですが、2016年にLumadaが始まったのも大きな転機でした。当時はDXという言葉が本格的に使われ始めて、自社も変わらなくてはいけないという意識が、強く出てきた時期だったと思います。会社も、社会イノベーション事業を推進する方針を掲げて、業務構造改革や事業整理を実行してきました。この10年で、日立が自ら企業DXを実践して成長してきたわけです。
社員にも、成長マインドや「自律的に動く姿勢」が求められるようになりました。上司や会社が細かい部分まで指示を出すのではなく、「KPIは設定するからそこに向けてどう動くかは自分で考えてほしい」という傾向が強まってきたと感じます。
特に管理職クラスだけでなく、一般社員にもそのマインドを求めているところがあり「自分で考え、動く」文化にシフトしていると思います。一方で、指示してほしいタイプの人にとっては難しさもあり、自律性をどう育てていくかが課題とも言えますね。
――例えば今後5年間で、さらに変化が進みそうですね。
変化は確実に進むと思います。過去5年を振り返るだけでも、生成AIの登場など、想像できなかったことが次々に起こりました。そう考えると、この先も間違いなく「個人がより強くなる」方向にシフトしていくと思います。
トップダウン中心で企業と従業員がつながる関係性は、薄れていくのではないでしょうか。むしろ、会社と個人が対等に近い関係になっていく。企業側が社員一人一人に対して「何をやりたいのか」「どう貢献できるか」を尊重していく流れが、当たり前になる気がします。
2030年には、それぞれの個をベースに、自律的な働き方が標準になる。そこに会社がどう伴走できるか。これが問われる時代になっていると思います。
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